『剣遊記U』 第三章 幻のお宝を求めて。 (11) 孝治を居間のテーブルの椅子に座らせると、律子は急ぎ足で台所に直行した。
「ちょっと待っとってね♡」
「う、うん……☁」
孝治は遅れて居間に入った秀正に、こそっとささやいた。
「昔っから変わらずの気の強か女やねぇ✌ 結婚してもおれの見た感じじゃ、、いっちょも変わっちょらんかったけ♐」
孝治はとりあえず、先ほどの『魔術ん事故、わたしとおんなじ?』の疑問は棚上げ。ごくふつうの話題に徹してみた。すると秀正は、これに苦笑の顔で返してきた。
「やっぱ、博多ん女やけねぇ✌ 九州の男がいっちゃん怖がるんは九州の女やっちゅうと、ほんなこつ地で行っとうけね★」
「それじゃ秀正は、一生怖いモンと生活するっちゃね☆」
「ま、まあやね……☠」
秀正が二回目の苦笑いする様を見て、孝治はなんだか、思いっきりに吹き出したい気持ちとなった。
それはそうとして、本題にもきちんと入らないといけない。我ながらせっかちな思いがするものの、孝治は秀正に催促をしてみた。
例のお宝の話を。
「そうそう、新婚旅行で見つけたっちゅう宝の地図、早速やけど見せちゃってや☆」
「そうやった☆ ちょっと待て☀」
秀正も今になって思い出したような感じで、自分のうしろにあるタンスの、上から二番目の引き出しをカパッと開いた。
中から取り出した物は、いかにも古そうな巻紙だった。
さらにその巻紙を、秀正がテーブルの上で大きく広げた。まさにテーブルいっぱい使うような大きさの紙なのだ。
「で、古地図っちゅうのは、これなんやけどな✐」
秀正が見せてくれた地図は、全体が黄ばんでいて、本当に歴史を感じさせてくれるような逸品であった。それでも地名と地形が記入されているので、一応は場所などがわかる程度ではあった。
「ずいぶん年季の入っとう地図っちゃねぇ✄ で、宝の場所っちゅうのはどこね?」
孝治は念押しのつもりで訊いてみた。秀正はすぐに、自信たっぷり気で答えてくれた。
「石見けぇ♠ 昔、日本……やない、世界有数の銀の生産地やった所やねぇ✍」
石見の地名であれば、孝治もよく知っていた。さらに九州からは、それほど遠くでもなかった。ただし、『やった』と過去形で表現をした理由は、その地がすでに銀を掘り尽くし、現在では廃坑になっている――と、孝治は聞いているからだ。
しかも残された鉱山が迷宮化して、今では誰も住まなくなっている――とも言われていた。
「まさか……っち思うっちゃけど、今でも実は銀が残っとって、それば掘りに行こうっちゅうつもりやなかろうねぇ☠」
だんだんと怪しくなってくる宝の話に、孝治は警戒心を募{つの}らせた。だけど秀正は、妙に強気なご様子でいた。
「違うったい! こん地図は古地図とはいえ、実はそげん古うないと✄ せいぜいが百年くらい前に書かれたらしいモノやけね✐」
「百年? なおさら怪しかばい☠」
孝治の疑心暗鬼は、さらに深まる一方。その理由は、世界に宝の地図と称されるシロモノは百花繚乱{ひゃっかりょうらん}あれど、その九割九分は真っ赤なニセ物なのだ。そのため全国に蔓延{まんえん}する宝のニセ地図を全部つなぎ合わせれば、それこそ日本列島の約半分ほどを覆い隠してしまうと言われているほど。それも今からだいたい百年前に書かれた物が、一番信ぴょう性が低いとされていた。
「まあ、おれの話ば聞け☀」
完全に零信全疑の気持ちになっている孝治に構わず、秀正は勝手に説明を続けた。
「これは、地図を手に入れた町で聞いた噂なんやけど、なんでも百年前の石見の領主ってのが、すっげえドケチな野郎らしゅうて、そんで税金逃れのために掘り出した銀のいくつかを、こっそり銀山のどっかに隠したらしいったい★」
「そりゃまた、そーとーせこい話っちゃねぇ☠ で、そん領主が隠した銀の場所を、こん地図に残したっちゅうわけやね✍ でもなして、そいつは隠したまんまにしとったとや?」
零信全疑から三信七疑くらいに変わった思いで、孝治は秀正に尋ね返した。
やはり多少の興味が湧いてきたものだから。だが秀正の返答は、けっこうシリアスだった。
「その領主が死んだからばい☠」
孝治はツバをゴクリと飲んだ。
「そ、それって……なにかの陰謀ね?」
「死因はバナナの皮ですべって転んで、頭を打ったかららしいったい☠」
「話がめっちゃ寒いばい☃」
緊張の糸がプツンと切れた。それでもなお、秀正の話は続いた。
「でもってそのあと、領主の家はお決まりの没落☟ こん地図も流れ流れて石見近くの農家にあったやつを、こんおれがもらって来たっちゅうわけたい✌ で、どげんや? こん話、信じるけ?」
「信じるもなんも……☀」
さすがに最初は、孝治の返事をためらった。だが、腹の中はすでに、酒屋にいたときから決まっていたのだ。
「どうせ宝探しの成功率なんち、そげん高いもんやなかっちゃけ☆ こん話、本気で乗るけね!」
「よっしゃ! 本決まりったいね!」
秀正が孝治の返答を受けて、右手の指をパチンと打ち鳴らした。 (C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |