前のページへ     トップに戻る     次のページへ


『剣遊記U』

第三章 幻のお宝を求めて。

     (10)

 玄関には大きなフライパンを右手に握った女性が、水色のエプロン姿で仁王立ち。しかもその表情は、まさに鬼の形相そのものであった。

 

 だけど、いかにも幼な妻のようなその格好が、実に可愛らしかったりもした。

 

 孝治の瞳に心なしか緑色に見える長めの髪も、それこそ愛嬌がたっぷり――それだけに本気で怒っている様子なので、なおさら恐ろしいほどの迫力が感じられた。

 

 そう。彼女こそ秀正の愛妻――穴生律子その人なのである(夫婦別姓――前述済み)。

 

「ち、違うったい!」

 

 とにかく秀正が吹っ飛ばされた状態から即座に立ち上がり、なんとか体勢を立て直してから言い訳をした。

 

 孝治も横で見ていて感心するほどの早業で。

 

「ちょっと見にはわからんっち思うとやけど、ここにおるんは孝治なんやけ! ほら、鞘ヶ谷孝治っ! おれたちの同期で戦士ばやっちょう孝治なんばい!」

 

「そ、そう! おれ孝治! 鞘ヶ谷孝治やけ!」

 

 孝治も地面に尻餅姿勢のまま、必死で自己紹介を繰り返した。これでようやく、律子にも変化が見えてきた。

 

「ええっ! うっそぉーーっ! ほんなこつ孝治くんね?」

 

 亭主と来客の弁解で怒りの瞳を円形に変え、律子がドアの前から下まで降りてきた。それからさらに、孝治の顔を真正面から、じっくりと覗き込んでくれた。

 

 さすがに孝治も恥ずかしい気になってきた。それに構わず、律子は言ってくれた。

 

「……確かに孝治くんの顔……なんやけど、ほんとにそうなんけ? もしかして双子のお姉さんか妹さんね?」

 

「おれはひとりっ子ばい♨」

 

 当然の話ながら、律子は一発では信じられない様子。その代わりでもないが、孝治は今度は、憮然とした気分になった。

 

「簡単に納得できんっちゅうのはわかるっちゃけど、おれは正真正銘の鞘ヶ谷孝治やけね……ちょっとばかし、声なんかも変わっとうとやけどね☂」

 

「声だけやのうて、人間そのものがまるっきり変わっとうやない☀」

 

「うわっち!」

 

 的確な事実を律子からズバリと指摘され、孝治はズデンとこけた。ここで律子が質問の矛先を、自分の亭主ほうへと向けた。

 

「ヒデ、これってどげんこと? わたしにもようわかるよう説明してや!」

 

「まあ、話せば長くなることやけどねぇ……☁」

 

 秀正自身も実は困惑している様子がありあり。それでも帰宅の途中、孝治が教えてやった変身の顛末を、律子に包み隠さず全部話した。

 

少々酒が残って、かなりうろ覚えのようなのだが。

 

 ついでに孝治は思った。

 

(ぷっ☆ 『ヒデ』やて☻ 今度未来亭のみんなにも、ヒデのマイホームパパぶりば教えちゃろ☻✌)

 

「ふぅ〜ん、そげなことがあったとねぇ♠♦」

 

 意外にも律子は、素直に納得をしてくれた。これには孝治も、かなり拍子抜けの気分になった。

 

「信じるんが早過ぎばい☠」

 

 ところが律子は、孝治のため口など、まるで聞いていないかのよう。ポツリとつぶやくだけでいた。

 

「魔術ん事故で性転換ねぇ……ちょっと違うようばってん、魔術で被害ば受けたっちゅうたら、わたしとおんなじやねぇ☁」

 

「うわっち?」

 

 この律子の何気ない感じであるつぶやきが、孝治の耳に入った。

 

「それって、どげんこと?」

 

 孝治は小声で、律子に言葉の意味を尋ねてみた。すると律子が、これまた慌てた感じになって、頭をプルプルと左右に振った。

 

「あっ……な、なんでんなか! それよか本まモンの孝治くんやったら大歓迎ばい♡! どうぞせまい家なんやけど、中に入って! すぐ飲み物でも淹れてくるけ♪」

 

「そ、そう……なんか悪いっちゃね♤」

 

 どうやら質問には、答えてくれなさそう。このあと、やや過剰気味な笑みを浮かべながら、律子が孝治を新居に招き入れてくれた。

 

 肝心の自分の亭主は、玄関に置き去りのままにして。

 

「お〜〜い、おれば忘れとうばぁ〜〜い☠」


前のページへ     トップに戻る     次のページへ


(C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system