『剣遊記U』 第三章 幻{まぼろし}のお宝を求めて。 (1) 荒生田の魔手(マジの意味で)から、なんとかして逃れきった孝治であった。彼――もとい彼女は現在、ひとりでブラブラと、夜の繁華街をさまよい歩いていた。
「くっそぉ〜〜☠ 変態エロメガネのせいで、きょうは未来亭に帰れんばい……たぶん……☠」
などとぶつぶつつぶやく孝治の姿に、十八歳の可憐な乙女(?)のイメージは、まるでなし。それでもなんとか、裏道が複雑な路地裏で道を撒いてやったのだ。ひさしぶりに北九州に戻って、街の状況の変化に疎{うと}いはずの荒生田のほうが、恐らく先に未来亭へ帰っているに違いない。
事実そのとおりであったので、孝治の判断は賢明だといえた。だが差し当たっての問題は、今夜のひと晩を、いかにして過ごすかにあった。
「よう、ねえちゃん♡ いいケツしとるっちゃねぇ♡」
「うわっち!」
もともと飲み屋と風俗が、やたらに多い土地柄である。孝治のような一見イカす女(?)がいれば、すぐに酔漢どもがハエのごとく、それこそウジャウジャとたかってくる。
だけど、たった今の親父(なぜかモヒカン刈り)には、真剣に腹が立った。
すれ違いざまに尻をさわられ、おまけにつねられもしたからだ。
「おう! おっさん!」
孝治はすぐにモヒカン親父を追い駆け、そいつの右肩をグイッと、うしろから右手でつかみ上げてやった。
「あん? なんねぇ?」
にごった目をしたモヒカンが、うしろに振り返った瞬間だった。孝治はそいつの下アゴに左手で、強烈な一撃をボガッとかましてやった。
孝治の利き腕は、右のほうである。だが戦士たる者、常に両方の腕をとっさに備えて使えるよう、日頃から鍛えておかなければならないのだ。
「あんがぁ……☁」
モヒカン親父はこの一発で、見事に撃沈。無様にも道路上でお寝んねとなった。
「げえっ! 兄貴がやられたぁ!」
モヒカン親父は元からゴロツキだったようだ。よく見れば三人の取り巻き(角刈りやらパンチパーマ、スキンヘッドもいる)が、こいつに付いて金魚の糞をしていた。孝治はその三人にも、ギロッとひとにらみをくれてやった。
「なんか文句あるとか!」
実は一発喰らわしたくらいでは、全然気分が収まっていない孝治であった。ところが三人の取り巻きは、そろいもそろってこれが完全に、腰抜けの腑抜けぞろいだったのだ。
「い、いえ! なんもありましぇ〜〜ん☂☃」
角刈りを先頭にして、三人がかりで失神中であるモヒカン親父――兄貴をかつぎ上げ、それこそクモの子のようにさっさと退散。孝治のわずかばかりのうっぷん晴らしにもならなかった。
もっとも虫の居所が悪かった孝治にチョッカイをかけたモヒカンも、運が悪かったといえば悪かったのだが。
「けっ! できることやったら、おれかて酔っ払いたいっちゃね☠」
孝治は地面にペッとツバを吐きながら、つまらない愚痴をつぶやいた。だけど変態先輩――荒生田に追われて、後先考えずに街中へと飛び出した身の上。今夜は肝心の飲み代がゼロである。
ところがこのような困ったときこそ、御都合主義の神様は、ニッコリと微笑みかけるもの。
「そやった☆ 店長が言うとったけど、あの野郎が新婚旅行から帰ってきちょるっち言いよったっちゃね☆ よう考えてみりゃあ、おれはそいつんとこに行くつもりやったっちゃけぇ♡」
荒生田のせいで忘れかけていた話を、今になってそれこそ都合良く、孝治は思い出した。それから早速、孝治は『あの野郎』がいつも常連にしているはずの、なじみの酒屋へと足を向けた。 (C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |