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『剣遊記U』

第二章 帰ってきた男。

     (10)

 三階の窓から水が撒かれた下の中庭では、飛び散った水滴が明確な意思を持って、一箇所への集結を始めていた。

 

 初めは地面や草木にかかった一滴一滴が、庭の真ん中辺りに集まって凝縮。

 

それがひとつの塊{かたまり}に。さらに人型をした水の彫像へと変貌。肌色(二回目の日本人基準)の色彩が浮かんで、裸の由香の姿となる。

 

 三階から落とされたとはいえ、水にさえなっていれば、かすり傷ひとつ負わない体である。

 

 だけど、気分は最悪。

 

「もう、でたんぐらぐらこくぅ! あたし荒生田んやつば、一生でたん大っ嫌いになってやるっちゃけねぇ!♨」

 

 そこへさらに、最悪に輪をかけるような事態が発生。素っ裸で中庭に仁王立ちしている由香を、ちょうど通りかかった給仕係の皿倉桂{さらくら けい}が目撃したのだ。

 

「ちょ、ちょっと由香ぁーーっ! そんなとこで裸ぁなってぇ、なにいなげなことしてんのよぉーーっ!」

 

 しかもさらにさらに、超最悪な事態の上塗り。桂は日焼けをした色黒の顔に、青い縞{しま}模様のTシャツを着た青年を同伴していた。そのため裸の由香と青年が、バッチリ目と目を合わせてしまう珍事――ハプニングとなってしまう。

 

「きゃん! 見らんでえ!」

 

 由香が慌てて、両手で胸ともう一箇所を隠し、急いでこの場の地面にしゃがみ込んだ。また桂もピョンピョンと飛び跳ね、両手を上げて、青年の目を隠そうと頑張ってくれた。

 

「え、永二郎{えいじろう}さんも、見ちゃあ駄目ぇっ!」

 

 しかし青年――永二郎の身長がけっこう高いので、背が低めである桂では、なかなかうまく隠せない。もっとも永二郎のほうが顔を真っ赤にして大慌てで走り出したので、桂もあとから追い駆ける破目になったのだけれど。

 

「わわっ! で、でーじごめん!」

 

「永二郎さぁーーん! 今見たこと忘れてつかぁーさいよぉ!」

 

 結果、ひとりで中庭の真ん中に残された由香は、全裸のままで泣きわめくばかりとなっていた。

 

「あ〜〜ん☂ 裕志さんだけにしか見せないつもりやったあたしん裸ぁ☂ 桂の彼氏に見せちゃったぁ〜〜😭☂☂」


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