『剣遊記W』 第二章 究極の焼き肉。 (7) 厨房に荒生田たちが押しかけた。しかし板前たちは、別に慌てるわけでもなし。ふだんどおりの仕事をこなしながら、ごくふつうに珍客たちを招き入れてくれた。
由香があとで聞いた話によれば、ワイバーンを見たがる物好きがけっこうたくさんいるらしいので、これくらいのサービスは日常、ふつうに行なわれている――とのことだった。
「さあ、お嬢様方、これが噂のワイバーンの現物やけねぇ☀☞」
荒生田が自分で捕まえたわけでもないのに、大手を振って厨房内をひけらかした。これを合図に女の子たちが、一斉に厨房の中を隅から隅まで、キョロキョロと見回した。
「どこどこぉ?」
「どれがワイバーンなのぉ?」
しかし流し台の上にもまな板の上にも、あるのは赤い肉の切り身や骨のカケラばかり。原形を留めている物は、なにひとつ存在しなかった。
「どれがってぇ……おい、裕志ぃ♨」
すっかり拍子抜けした荒生田が怒鳴り声を上げて、後輩の魔術師を呼びつけた。
「あっ! はいはい!」
「ワイバーンはどげんしたとやぁ! いっちゃん肝心なモンがなかろうもぉ♨」
いつもの三白眼のド迫力で、裕志が完全にビビりまくり。
「や、やけんですねぇ……☃」
「やけん、どげんしたっちゅうとやぁ!」
「ワイバーンなら、とっくにバラバラに解体しちゃいましたよ✄」
「なにぃ!」
先輩から黒衣の胸ぐらを右手でつかみ上げられ、すっかりしどろもどろの裕志に代わってなのか、ギルマン{半魚人}の板前が答えてくれた。
「へい、なにしろワイバーンってやつは、文字どおり捨てる所がありませんけねぇ♪ ついさっき、残ってた頭もブツ切りにして、ワイバーン汁にするんで煮込んじゃいましたよ⛾ やけん、もっと早よう言うてくれたら、お客さんにお見せするまで待ってたんですけどねぇ♫♬」
「こん野郎ぉ! そげんならそげんっち、さっさと言わんねえ♨」
板前の説明が終わってすぐ、荒生田が裕志の頭を、左手でポカリと殴った。
「痛っ!」
「しゃあしいったい! てめえのせいで、オレの面子丸潰れになったろうも♨ おまけにこん娘{こ}たちの楽しみまで台無しにしてからにぃ!」
その八つ当たりのセリフどおり、荒生田のうしろでは女の子たちが、心底から残念そうな顔をしてつぶやいていた。
「う〜ん☁ 明美、本物のワイバーン見たかったっちゃねぇ〜〜☂」
「私もばぁ〜〜い☁」
しかしここで、三人の中の人間娘が発した不用意な独り言が、荒生田の親父的本能に、再び火を点ける結果となった。
「誰かワイバーンば生け捕るなんち……できんやろうねぇ〜☂」
「ゆおーーっしぃ☆ オレが捕まえてくるっちゃーーっ☀」
「ええーーっ♐」
「うっそぉーーっ☠」
裕志と由香が、同時に驚きの声を上げた。反対に女の子たちからは、無邪気極まる大喝采。
「やったぁーーっ♡ カッチョえーーっ♡」
「荒生田さん、すてきぃーーっ♡」
「せ、先輩……本気ですか?」
恐る恐る荒生田の真意を、裕志は確かめようとした。だけどサングラス😎の戦士は、どこまでも強気だった。
「ったりめえやろうも! オレが言い出したことやけな☆☆ それに彼女たちにほんまモンのワイバーンば見せるっち言うた以上、どげな困難が待ち受けていようと、約束はずえったいに果たさにゃならんとばい☀ これが男の生きる道やけね✌」
などと、これまたおのれのキャラにまったく似合わない戯言をほざいて、逆に裕志を三白眼で威圧する始末。
こうなれば、ヘビににらまれたカエルも同然。いくらうしろに由香が控えていても、もはや裕志に逆らう術はなし。
「は、はい……☠」
つまり、地獄の底まで付き合わないといけない。そんな話の展開なのだ。
「きゃあーーっ♡ 男らしかぁーーっ♡」
「頑張ってやぁーーっ♡」
「わたし、待っとるけねぇーーっ♡」
さらに無責任極まる女の子たちからの黄色い声援を受けて、荒生田の天狗気分が大絶頂。右手を振って、彼女たちに応じていた。
「にゃははははっ♡♡ 君たちぃ、オレば信じて待っちょってやぁ♡♡♡」 (C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |