『剣遊記W』 第二章 究極の焼き肉。 (4) 「ゆおーーっし! 両面とも焼き具合ゆおーーっし♡ 皆の者ぉ、食ってゆおーーっし☀」
鍋奉行(正しくは焼き肉奉行か)荒生田の号令一下。全員一斉スタートで、次々と肉に箸を伸ばす。
「はい、裕志さんもこれ食べて、元気取り戻してや☆」
「う、うん……☁」
由香が健気にも、箸でつまんで裕志に肉を食べさせる。こんなとき、荒生田の嫉妬深い性格からして、『甘えんじゃなかぞぉ!』などと激怒をするはずである。だが今夜は幸いにも、若い女の子三人に囲まれて、本人は天国の真っ最中にいるようだ。そのおかげで自分の後輩と、未来亭給仕係の仲むつまじい姿に、まるで気づく様子もないみたい。
裕志も由香も、ずいぶんいい加減な先輩を持ったものである。
「ふう♡ 熱っ♡ 熱っ♡」
「でも美味しい♡」
「そうやろそうやろ☀ やけん遠慮せんで、どんどん食べちゃってやぁ♡♡♡」
本日の支払いは、いったい誰が行なうのか。それはナンパで参加をしている女の子三人を除く、未来亭メンバー全員の割り勘――となるはずであろう。それなのに荒生田ときたら、まるで自分が全額を持つかのような、見事な大盤振る舞いでいた。
無論そのような景気の良い話など、絶対に起こり得ないのだが。
「もしかして……足が出ちゃうかも……☁」
由香はちょっぴりであるが、胸の中に先行きの不安を感じていた。実際、本当にそのような事態ともなれば、大急ぎで未来亭まで駆け戻り、黒崎店長に給料の前借りを頼まないといけないだろう。
由香がそんな、重要な心配をしている最中だった。裕志は自分よりも元気な感じで焼き肉にパクついている到津に、ひとつの疑問を感じていた。
先輩に負けず劣らず、けっこう能天気な彼氏であった。そんな裕志が意を決して、到津に尋ねてみた。
「ねえ、到津さん、ちょっと訊いてもよかやろっか?」
「はい☀ なにあるね、うぐうぐ……☺」
口の中に肉の塊を詰めたまま、到津が振り向いた。裕志はそんなお気楽調子の到津を前にして、やや緊張の思いで尋ねてみた。
「実は……今さらこげなこつ訊くとは変っち思うとやけどぉ……到津さんの正体は……ドラゴンやったよねぇ✍」
「はい、そんとおりだわね☆ ワタシ大陸生まれの銀翼のドラゴンあるよ✌ 裕志さんにもワタシの背中に乗ってもらって、空飛んだことあったわや✈」
到津の口調は、やや自慢気味だった。
「そ……そうやったっちゃねぇ……✐」
しかし裕志としては、正反対の気持ち。ずっと以前に、到津が変身した銀のドラゴンの背に乗って、大空を飛行した日の記憶を思い浮かべた。
それだけならば、良い思い出であった。だが、ついでに高空酔いとなって翌日まで寝込んだ失敗も思い出し、裕志は自然と、気分が青ざめる感じになってきた。だから本当に酔いが再発する前に、慌てて話題を元の疑問に戻した。
「……そ、それはよかっちゃけどぉ……ぼくが訊きたかとはそげんとやなくってぇ……ドラゴンである到津さんがワイバーンの肉ば食べるっちゅうのが、なんて言うたらいいとやろっか……そのぉ、変な気がしちゃってさぁ……?」
「裕志さん、確かに変なこと言うだわね♐」
ある意味失礼な、裕志の問いかけだったのであろう。これに日頃は温厚なスタイルを貫いている到津も、少々だけど立腹したようだ。
「あなたたち人間も、同じ哺乳類である牛豚食べてるのこと☞ だからドラゴンがワイバーンを食ぺる✄ これちっとも不自然じゃないあるよ✌」
到津の返答は、彼にしては珍しくも感情的でさえあった。
「そげんもんやろっか……✍」
ムキになった到津を見る経験は、もちろん初めてだった。しかし裕志は、それでもある種の違和感――本音で言えば共食い感――が、ぬぐえない気持ちでいた。
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