前のページへ     トップに戻る     次のページへ


『剣遊記W』

第二章 究極の焼き肉。

     (3)

 片や、沢見たちと同じ焼き肉の盛り付けが、荒生田たちの部屋にも届いていた。段違いの量でもって。

 

「お客さん、遅くなってすみません☺ やっとご注文の切り身ができましたけ、お持ちいたしました☆」

 

 丁寧に頭を下げながら個室に入る店員の手には、大皿に盛られた赤い肉の山があった。

 

 今、巷で大評判。ワイバーン{飛竜}の赤肉である。

 

「いやあ、お客さんたちも、きょうはほんなこつ運が良かですよ♡ なんせ滅多に入荷できん新鮮なワイバーン肉が、丸ごとうちの店に入ったとですから♡」

 

「ゆおーーっし! そうけそうけ♡」

 

 上等な肉の調理ができて、店員も上機嫌なのだろう。さらにワイバーンの肉を目の前にすれば、荒生田もジラされたムカつきが、一瞬にして消失したようである。

 

「ゆおーーっし! 肉ば鉄板に載せえ!」

 

 早くも鍋奉行のつもりでいるらしい。荒生田が自分で箸{はし}を持ち、切り身を手際良く、鉄板の上に並べていく。

 

 肉の焼ける香ばしい匂いが、ジュジューーッと広めの室内に充満する。

 

 閑話休題。ここで少々、ワイバーンについて説明を行なおう。

 

 ワイバーンとは、人里離れたけわしい山岳地帯に生息する、ドラゴン{竜}によく似た巨大な翼を有する、爬虫類系の飛行生物である。

 

 おまけに本場のドラゴンと同じで、口からしっかりと火炎も吐く。ただし、ドラゴンとの体形的違いは、翼はあっても前足がない――に尽きるだろう。

 

 しかしドラゴンに似ているとは言っても、そこは知性でまったく劣る、野生の動物なのだ。これをドラゴン族に言わせれば、人間と猿の関係みたいな間柄らしい。

 

 要するに、『あげなんといっしょにせんといてや☹』――ということ。

 

 このワイバーンが近年、大変美味なる物である事実が判明。そのため市場でも、高値で取り引きされるケースが増えてきた。

 

 なにしろ煮て良し焼いて良し揚げて良し。三拍子がそろったところで人類(人間も亜人間{デミ・ヒューマン}も)の貪欲なる舌が、この味をほっておくわけがない。

 

 ところがワイバーン自体が、猛烈に凶暴な生物なのだ。そのため生きた個体の捕獲が、ほとんど不可能となっていた。従ってやむをえず、食用には自然死した死骸が当てられている現状。つまりワイバーン肉で一攫千金を狙おうと思えば、山に入って鮮度の高い死骸発見に、精を尽くすしかないのだ。それも死骸が死後まもなくで、鮮度が高ければ高いほど、高値が期待できるとされている。

 

今日、荒生田たちがワイバーン肉を思う存分に堪能できる幸運も、死にたてのほやほや――つまり鮮度の高い肉が、偶然入荷できたおかげと言えるのだ。


前のページへ     トップに戻る     次のページへ


(C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system