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『剣遊記W』

第二章 究極の焼き肉。

     (2)

 まったく意味のない偶然。荒生田たちが貸し切っている個室の隣りでは、沢見と沖台の二人組が飲んでいた。

 

「うるさい連中やで お隣りの戦士気取りのアホどもが☠」

 

 荒生田たちのお座敷と違って、こちらはずっとせまい、三畳だけの個室であった。その部屋でお猪口のお酒をチビチビしながら、沢見がいまいましげな顔付きで、沖台相手に愚痴を続けていた。

 

「だいたいやなぁ、あいつら戦士どもが好き放題に冒険やらできるんは、わいら商人{あきんど}が陰から支えとるっちゅうこと、全然わかっとらへんで☠ 戦士が着る鎧は、いったい誰が作っとるっちゅうねん✍ それに剣かて、鍛冶師が精魂込めて叩かんかったら、戦士なんちゅうもんは、なんの役にも立たへんのや✍ ほんま、ただの木偶の坊やで☠」

 

「はあ……兄貴の言うとおりや思いますぅ……☁」

 

 世の戦士諸君に、いったいなんの恨みがあるのだろうか。そこまでの事情は知らないが、ねちねちと戦士の悪口を続ける沢見とは反対で、沖台はどことなく元気に乏{とぼ}しかった。

 

 それもそのはず、町で見つけた某魔術師に、自分のサソリ毒が高く売れたからだ。その話はそれでけっこうな商売繁盛なのだが、問題はその量。なんとバケツ一杯分も一気に抜き取られ、おかげで精も根も枯れ果てた――そんな状態に、現在の沖台は置かれていた。

 

 しかしだからこそ、思わぬ高収入で、ひさしぶりにふたりしてお酒に授かっている僥倖ぶりなのだが。

 

「ほら、いつまでも青い顔せんで、もっと遠慮せんで食わんかい☀ きょうのお酒は和秀の手柄やさかい、もっとどんどん食って、精力つけなあかんで☆ きょうの魔術師、あの分やったらまた買{こ}うてくれそうやから、きょうの飯と酒は商品(毒)の再生産のためや♪♬」

 

「また売るんでっかぁ……?」

 

 沢見は盛んに酒を勧めてくれるのだが、再びあのきつい献毒をされるわけである。そう考えれば、せっかくの酒と焼き肉が沖台にとって、なんだかとても不味{まず}そうなモノに見えてきた。


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