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『剣遊記W』

第二章 究極の焼き肉。

     (10)

「おまえ……誰ね、いったい?」

 

「まあ、待ちや

 

 あからさまに不審の目線を向ける荒生田の問いには答えず、二人組が厨房に足(と節足)を踏み入れた。それから人間のほうが、いきなり話を本題へと進めた。

 

「ワイバーン狩りの話、聞かせてもろうたで☝ わいらもその話、乗らせてもらおうやないか✌」

 

「やけん〜〜、おまえらいったい誰ねぇ!」

 

「おっと、自己紹介がまだやったな☆ 堪忍やで★」

 

 イラつく荒生田を、さらにジラせるかのようだった。突然飛び入りの男がへらへら顔で、ようやくサングラス戦士の問いに答えた。

 

「わいは沢見光一郎っちゅうもんや✌ 店は持たんけど、こう見えても商人{あきんど}の端くれやねんな♞ そいでここにおるんが、そのまた端くれの端くれ、沖台和秀っちゅうケチな野郎やねん♪」

 

「へい、よろしゅうおま☺☻」

 

 沢見から紹介をされた沖台が、ペコペコと頭を下げた。こんな風に、やや下手{したて}気味の弟分を横目にしながら、沢見が話を続けた。

 

「まあ、名前なんちゅうもんは、苗字だけ覚えてくれたらええんやけどな☝」

 

 沢見のもろ胡散{うさん}臭いしゃべり方に、さすがの荒生田も、疑心暗鬼の三白眼を向けた。

 

「で、そのあきんどとやらが、このオレになんの用ね?」

 

「血の巡りの悪い御仁やなぁ☚☛」

 

 自分をきっぱりと疑いの目で見ている荒生田に、沢見はややウンザリの気持ちとなっていた。しかし間違っても顔にも口にも、おのれの本心は出さなかった。

 

「わいらがあんさんらのワイバーン狩り、協力しよう言うとんやないか♐ それともわいらやったら、なんか不足でもあるんかいな?」

 

 この一方で、荒生田と沢見のやり取りを離れた所から眺めつつ、裕志と由香が小声でひそひそと、いきなり現われた二人組を値踏みした。

 

「どげん思う? あん人たち……☁」

 

「あたしも裕志さんと、たぶんおんなじ考えやけ☁ どげん見たって、怪しさ百パーセントばいねぇ……なんか企んどるんが見え見えやしぃ……✍」

 

「ゆおーーっし! よかばい! いっしょにワイバーン狩りやるっちゃあ☆☆☆」

 

 ここで先輩の鶴のひと声が、怪しんでいる最中の由香と裕志をこけさせた。

 

「ええーーっ! また無茶ば言うてからにぃ!」

 

「せ、先ぱぁーい!」

 

 驚きと想定外の連続で、目を大きく丸く見開く後輩たち。荒生田がそんなふたりを尻目にして、感激もあらわに沢見の両手を、ギュッと強く握り締めた。

 

 いったいどのような心境の変化なのだろうか。頭の中身など、誰にもわかろうはずがない。とにかくこの場にいる者全員がビックリするような、見事極まる荒生田の豹変ぶりであった。

 

「いやあーーっ! 地獄に仏っち、ほんなこつ君たちのこっちゃねぇ♡ ったくもって、オレん周りにゃ不人情なモンばっかし集まっとうけ☠ 人の世の情けが、ほんなこつ身に沁みるっちゃよ♥」

 

 実はこのとき、沢見は内心で顔をしかめていた。もちろん表情には出さないで。

 

(あたたたたっ! もっと加減して人ん手ぇ握らんかい! なんちゅう馬鹿力やねん、こんボケナス☠)

 

 しかし、ここでもさすがに商売人。

 

「まあ、あんじょうよろしゅう頼んまっせ♥」

 

 あくまでも作り笑顔を崩さず、逆に荒生田の手を強く握り返す気丈ぶりまでも見せつけた。

 

 また、大袈裟な感謝の仕方を行なっている荒生田の横目は、このとき事態の急変で困惑している様子の帆柱と到津にも向いていた。

 

 まったく人の気も知らず(荒生田にそのような殊勝な心掛けはない)、ふたりに対する当てつけが明白だった。

 

「ゆおーーっし! これで心強い仲間ができたっちゃねぇ♡♡」

 

 だけど、荒生田に比べて遥かに人としての器が大きい帆柱は、やはり困惑中である裕志の左肩を、ポンと軽く叩いてやった。それからそっと、左の耳にささやいた。

 

「なんか変な話の成り行きになったばいねぇ♠ まあ、俺はどげんしたかて同行できんとやけど、代わりの抑え役ば必ず用意してやるけんな♣ これもいつもながらの貧乏クジやけど、しっかり荒生田んことば頼むっちゃぞ♥」

 

「は……はい☠」

 

 一応返事は戻したものの、本当は頼りの糸が、プツンと切れたような思い。裕志の表情は、とても暗かった。

 

(荒生田先輩の抑え役っち、そげな強か人っちおるんやろっか?)

 

 反対に、沢見とすっかり意気投合した様子の荒生田は、女の子たちからの(無責任)な声援もあって、今や絶好調の極致にいた。

 

「うれしかぁ〜〜っ♡ これで本モンのワイバーンが見れるっちゃねぇ♡」

 

「明美、感激ぃ〜〜♡」

 

「いやっはっはっは! なんのなんの、チミたち、大いに楽しみにしちょってやぁ♡♡♡」

 

 その陰では沢見と沖台のふたりが、なにやらヒソヒソと密談中。

 

「兄貴ぃ……ほんま大丈夫なんでっか? あのサングラス😎の野郎、一応戦士みたいなんやけど、なんだか全然口ばっかしって感じでんがな☠ あいつに比べりゃ隣りにいるケンタウロスのほうが、よっぽど強そうに見えまっせ☝ ついでに同伴してる魔術師は……なんか仰山青い顔してまんなぁ☹ ほんまこんな連中で、ワイバーンが狩れまっかいなねぇ?」

 

「構うことあらへんがな☆」

 

 もろ不安げな顔でいる沖台を、沢見が鼻で笑った。

 

「凶暴っち言われとうワイバーンかて、相手はたかだか畜生や✌ 半人前の連中でも、なんとかなるもんやろ☆ それに頭が悪そうなほうが交渉しだいで、こっちの取り分を大きゅうできるんや✌ 要は話の着け方しだいやで✌」

 

「そんなもんですかねぇ……☹」

 

 正真正銘、危ない橋を渡る心境の沖台であった。しかし兄貴分――沢見のやり方に、今まで大きな間違いはなかった。これもまた、ひとつの大きな事実と経験なのだ。

 

 結果、胸になにやら、思惑を秘めた者。

 

 危険な冒険がまた始まると思い、がキリキリと痛む者。

 

 とにかく女の子たちから好かれたい一心で、身も心も浮かれまくっている者。

 

 ワイバーン狩りへの旅立ちは、きょうより三日後に決定した。


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