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『剣遊記閑話休題編T』

第一章  未来亭休業の日。

     (6)

「実はお店が一週間ぐらい休みになるとやけ、給仕係のみんなで海に行く話ばしよったと♡ それで孝治も誘ってんだけど……いっしょに行かん……って♡」

 

「海けぇ〜〜⛱⛴」

 

 今度は『海』の単語が出たところで、孝治はなぜか憧れの気分となって椅子から立ち上がり、窓から外の景色を眺めてみた。右手の団扇を扇いでいるままで。さらにパンティー一枚だけのトップレス姿で今の自分がいるなど、まるで関係なしの気持ちでもって。

 

 それからハッと、自分を見つめている友美と涼子の視線に気づいてから、孝治は逆に慌てた気分になって頭を横に振った。

 

(も、もしかして……ここにおる三人の中で、おれがいっちゃん胸が大きかこつ、友美も涼子も嫉妬しとんやなかろうねぇ……☠)

 

 こちらの内心は、絶対の秘密にしておく。孝治は別方面の話題へと逃げる策に出た。

 

「だ、駄目っちゃよ! おれが由香たちといっしょに行けるはずなかろうも!」

 

『なしてね?』

 

 不思議そうな顔になって尋ねる涼子に、孝治は精いっぱいの啖呵を切るつもりで答えてやった。

 

「か、考えてもみいや! おれはこれでも男なんばい! それやのに女ん子の団体の中に、男がひとり混じるわけにはいかんちゃよ!」

 

 それでも涼子は、納得の顔にはならなかった。

 

『昔はそうやったんでしょうけど、それに今も中身は変わらんらしいかもしれんちゃけど、実際の孝治は立派な女ん子やない☀ あたし、男時代の孝治ば知らんとやけど、いっちょも問題なしっち思うっちゃけどねぇ〜〜♡♥』

 

「あんねぇ……☹」

 

 孝治思わずの渋い顔。ここでひとつの復習。不慮の魔術事故で男性から女性に性転換をして以来、今では孝治の男時代を知っているほうが、言わば少数派となっていた。中でも涼子がその知らない派の筆頭であり、孝治最大のウィークポイントでもあったのだ。

 

「ま、まあ、そこんとこの話は、とりあえず脇に置いてやねぇ♪」

 

「置くんやなか♨」

 

 そんな孝治を庇ってくれているつもりか、友美がふたり(孝治と涼子)の間に割って入った。

 

「違うっちゃよ、孝治✋ 由香ちゃんたちは孝治に護衛として、いっしょに来てもらいたいんやて♡ 実際、今の季節やったら海にはヤバ系の暴走気味なヤンキーの若モンが多いとやけ、そげな連中からみんなば守ってほしかとよ♡」

 

「おれが由香たちの護衛け?」

 

 友美の説明を聞いて、孝治は団扇を扇ぐ手を止めた。友美はその孝治の仕草だけで、早くも手応え充分にありの顔となっていた。実際に友美のそのセリフで、孝治の気持ちはコロッと変わっていたのだ。

 

「わかった☆ みんながおれば護衛として必要っち思うとんなら、おれも海に行ってやるっちゃね♡ おれかて戦士としての役目ば、立派に認識しとんのやけ☀」

 

(我ながら単純極まる言い草っちゃねぇ〜〜✌)

 

 内心では自嘲しているものの、孝治もなんだか、心ウキウキの気持ちになってきた。おまけに友美ときたら、孝治の色良い返事に、してやったりとも取れる笑顔を浮かべていた。そんな友美に涼子が、小さな声でささやいた。無論孝治にも、今さら丸ごと聞こえているのだが。

 

『なんかそーとーわかりやすい話の流れっちゃねぇ✄ こげん話が簡単でよかっちゃろっか?』

 

 これに友美も、やはり今さら隠す気はさらさらないかのように、堂々と応えていた。

 

「よかっちゃよ☆ わたしにはわかるとやけど、孝治かてほんとは退屈が嫌やけ、みんなと海に行きたいとやけね♡♡」

 

「まっ、友美には昔っから勝てんおれやけねぇ♡」

 

 友美のセリフを大元で認めつつ、孝治はいまだにパンティー一枚の格好のまま、早くも海に行く荷造りの準備を始めていた。

 

 ふんふん♪と、鼻歌混じりの気分でもって。


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