『剣遊記閑話休題編T』 第二章 離れ小島の海の家。 (1) 「朋子ぉ〜〜! あんたが言いよう海の家っち、いったいどこにあるとぉ〜〜?」
ついにやって来ました長期の休日。
未来亭給仕係一同が、護衛役である孝治といっしょ。全員喜び勇んで福津の町の海水浴場へとやってきた――んだけど、肝心の宿泊施設が真夏のシーズンゆえに、どこもかしこも大入り満員の盛況ぶり。砂浜も多くの海水浴客たちで、まるで芋洗いの状態となっていた。
それでも一応、朋子が勧める『海の家』とやらを求め、一同は海岸に参上。でもって冒頭の由香の、苦言的セリフとなったわけ。
由香はその体質的に(水の精霊、ウンディーネであるから)、あまり汗をかかなかった。しかしそれでも、真夏の太陽直射に体力が、今やバテバテの様相となっていた。ところがそんな由香とは対照的。まったく涼しい顔をしている朋子が、なぜか元気と自信たっぷりで海の向こう――水平線の彼方を右手で指差し、はっきりと言い切った。
「大丈夫にゃん♡ あたしたちが行くんはあそこにゃんやけ☀」
お尻の猫しっぽも、左右にブンブンと振られていた。
「あそこって……?」
由香を始め一同が、海の彼方に瞳を見張った。真夏のギラギラした海上を。
「なんもなかやない♨ あるとは水平線と沖にある小さな島だけ……☛」
当てが完全に外れたような顔になって、かなりムカつき気味傾向の登志子に向かい、溌剌とした声音で朋子が応じた。
「そうっにゃよ♡ 今からあん島に行くと☆」
「ええーーっ!」
全員砂浜の上で、息をそろえて飛び上がった。
「あん島に行くとぉーーっ?」
彩乃が『信じられんばぁ〜〜い☠』の顔になって、朋子の顔を真正面から覗きみた。その朋子が言うところの島は、海岸からそれほど遠いと言うわけでもなかった。まあ水泳が達者な者が泳げば、ゆっくりの平泳ぎでも十分か二十分くらいと言った感じであろうか。しかも遠目で一見してみれば、全島に松の木が生い茂り、海辺はまさに白砂青松の趣きがたっぷり。
本土の海岸から目と鼻の先に存在しながら孤島であり続けたので、今まであまり人が、足を踏み入れていないのだろう。
それからよく観察を続ければ。小屋が一軒。島の海岸にポツリと建っていた。
「もしかしてぇ……っちゃけどぉ……あれが朋子の言う海の家けぇ〜〜?」
「大当たりにゃ〜〜ん♡♡」
由香の問いに、朋子がいかにもうれしそうな顔をして、右手の指をパチンと鳴らした。しっぽもさらにブルンブルン。
「ちょっとぉ! あんないなげな島までどうおしなして行く気ぞなぁ? まさか泳いで行く気でおるんぞなもしぃ☠」
桂も朋子に怒鳴っていた。ただしここで、全員に違和感。桂の場合、海が本領発揮のマーメイドである。だからあれくらいの島までの遠泳など、実際に大した話ではないはず。その点は桂も、とっくに承知していたようだ。
「まあ、あたしならそれでもええんじゃけどねぇ……☀」
そのように桂がつぶやいたときだった。朋子がニコやかな表情にさらなる笑顔を加え、沖合いの方向を、やはり右手で指差した。
「ほらぁ、大丈夫にゃんよぉ♡ 今、お迎えが来たっにゃねぇ♡」
「「お迎え?」」
これまた全員が同じセリフを唱和。同時に今まで黙って給仕係一同に付き添っていた孝治は、抜群の視力で朋子の指の先にあるモノを見つけだした。
「おっ? こっちになんかボートが来ようっちゃよ☆ それも手漕ぎの渡し舟ばい✐」
「ああ、ほんなこつぅ♡」
やはりいっしょにいた友美も、それを確認したようだ。確かに島の方向からこちらの砂浜に向かって、一隻の木製中型ボートが近づいていた。それもまさしく、手漕ぎの渡し舟の風采をしていた。
無論初めから気づいていた朋子が、両手を大きく振って、甲高い声でボートに呼びかけた。
「おいしゃぁーーん! ここっ! ここにゃんよぉーーっ!」
「おいしゃん?」
朋子に『おいしゃん』なる知り合いがいようなどとは、孝治を始め未来亭の面々にとって、実に初耳な話であった。 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |