前のページへ     トップに戻る     次のページへ


『剣遊記閑話休題編T』

第一章  未来亭休業の日。

     (4)

 ではここで、ついに名前が出てきた孝治なる人物――鞘ヶ谷孝治{さやがたに こうじ}について、少々述べるとしよう。この人物は未来亭に在籍をする、戦士を稼業とする者の一員。それもきょう現在、未来亭に居残っている戦士は、この孝治ただひとりとなっていた。

 

 先輩の荒生田和志{あろうだ かずし}や同僚の本城清美{ほんじょう きよみ}、果ては達人である板堰守{いたびつ まもる}らは全員、仕事で遠方に出払っている真っ最中。いやいや出払っている者たちは、戦士の面々ばかりではなかった。魔術師の天籟寺美奈子{てんらいじ みなこ}や、先ほど名を出した可奈。それに牧山裕志{まきやま ひろし}に盗賊の和布刈秀正{めかり ひでまさ}や枝光正男{えだみつ まさお}などなど。おなじみのメンバー全員、これがまた見事に全員不在中であるのだ。

 

「孝治くん、どうせ仕事にあぶれて暇なんでしょ♥ やけんいっしょに海に連れてってもよかっちゃけ♡」

 

 由香の気配り――あるいはやや高飛車的上から目線(?)に感謝ととまどいを感じつつ、友美は返答に困っていた。

 

『どげんしたっち言うと? 孝治ひとりだけ未来亭に残しとくんも可哀想やけ、連れてってやろうよぉ★』

 

「でもやねぇ……☁」

 

 涼子の疑問への回答と、由香たちへの返事を兼ねてだった。友美は困惑の思いで言葉を戻した。

 

「みんなも知っとうっち思うっちゃけどぉ……孝治って、あれでけっこうプライドが高いっちゃよねぇ☁ やきー同情されるっちゅうのが、いっちゃん嫌いやなかろっか♀♂ それにもっと重大な問題ばかかえとうことも、みんな知っちょうでしょ♐」

 

「なぁ〜んね、それやったら大した問題やなかばってんねぇ♡」

 

 実際、かなりな不安と心配げな気持ちである友美に、彩乃が実に軽そうな調子で応えてくれた。

 

「そぎゃん問題やったら、そぎゃんなってからもうきゃーまぐる(長崎弁で『ビックリする』)ほど長ごうなっとんやけ、今さら事ばかっしゃがんでもよかばってん♡ わたしたち的には、いっちょん問題なしばい

 

 などときっぱり言い切ってくれる彩乃の口調で、友美はますます不安が増幅されるような気持ちとなった。まったく根拠に乏しい大袈裟な自信ほど、世の中では最も頼りにしてはいけない事例の代表であるからだ。

 

「ほ、ほんなこつ、よかっちゃろっかぁ〜〜☁」

 

『ええじゃんええじゃん☀ みんながそげんごつ言うてくれとんやけねぇ☀♪』

 

 涼子までが彩乃の調子に合わせ、能天気に友美の背中を後押ししてくれた。

 

「そこんことやったら、こげんしましょ✌」

 

 それでもなんとなく煮え切らない気持ちでいる友美に、なにかが頭に💡閃いたらしい。今度は由香が、新たな提案をしてくれた。

 

「孝治くんには、あたしたちの護衛ってことで同行してもらえばええっちゃよ✌ これやったら孝治くんの面目も立つっちゃない✌」

 

『あっ、それもよかっちゃねぇ☀』

 

 友美以外には聞こえないけど、涼子が由香の提案にも、これまた真っ先に賛同。要するに前向きな話であれば、いの一番でなんでも乗る性格であるからして。

 

(涼子ってほんなこつ、なんでもありっちゃねぇ♥)

 

 そのように考える友美自身も、実は本心では孝治にもいっしょについて来てほしかった。このためはしゃぐ幽霊を横目で眺めつつ、友美もだんだんと、その気になってきた。

 

「そげな手もありっちゃねぇ……そげんするしかないかも♐」

 

 つまり周囲から言いくるめられたかたち。

 

「じゃあわたし、孝治に言ってくるけ♪」

 

「お願いねぇ〜〜♡」

 

 由香たちの声を背中で受け、友美が一目散に酒場から、上の階に上がる階段へと走り出した。

 

『あん! 友美ちゃん、待ってやぁ!』

 

 涼子も浮遊をして、友美のあとに続いた。

 

 とりあえずこれにて、計画は本決まりとなったわけ。

 

「じゃあ、あしたは早めに出発やけねぇ♡ みんなほんなごと朝寝坊なんかしたらちゃーらんばぁい♡」

 

「はぁーーい♡」

 

 由香の締め言葉に給仕係一同、元気いっぱいで返事を戻した。ところで冒頭で説明をしたとおり、未来亭は今現在も営業中。しかし給仕係一同は全員、お店の今の状況を、完全に忘却していた。だから店の業務をすべて押し付けられ、それでもなお自分専用のカウンターで給仕長の熊手は、いつもどおりのコップ磨きに専念しているばかりでいた。

 

 彼こそは世間でその名をよく聞く、『名ばかり上司』の権化とは言えないだろうか。


前のページへ     トップに戻る     次のページへ


(C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system