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『剣遊記閑話休題編T』

第一章  未来亭休業の日。

     (3)

「と、とにかく、これで決定ちゃね♡ 参加希望者は手ば挙げてぇ✌」

 

 話し合いが成熟(?)したところを見計らって、由香が一同に挙手を求めた。

 

「はぁーーい!」

 

 それに応じて挙がった手は、総数で六本。氏名を列挙すれば、由香本人はもちろんのこと、その他給仕係の面々たち。彩乃、登志子、桂、朋子。それから唯一給仕係ではない身分であるが、店子である魔術師――浅生友美{あそう ともみ}も、実はこの席に加わっていた。

 

 ここまで一度も発言をしていないのだが。

 

 ちなみに友美の一応の肩書きは、未来亭専属の職業魔術師。

 

 この他にも彼女たち以外に給仕係として、石峰静香{いしみね しずか}や三萩野美香{みはぎの みか}らの名前もあるはず。しかしこのふたりは本業をほったらかしにして、遠方への冒険に出かけている場合が多かった。

 

 静香は戦士である許嫁――魚町進一{うおまち しんいち}とともに。また美香は魔術師椎ノ木可奈{しいのき かな}といっしょに――と言った感じで。

 

「友美ちゃんも賛成っちゃね♡」

 

 由香が笑顔を向けると、友美もニッコリと、微笑み返しで応じてやった。

 

「ええ、もちろんちゃよ♡」

 

 さらにまた、この旅行計画に参加をしている給仕係以外の者は、実は友美だけではなかった。

 

『あたしも賛成やけね♡』

 

「きゃっ……! ちょっと静かにするっちゃよ……☹」

 

 友美が周りに聞こえないように驚き声を出した理由も道理。酒場の一角で円陣を組んでいる給仕係たちの中で――いやいや酒場全体を見回してもたった今、右手を挙げた少女の姿が見えている者は、なんと友美ひとりだけ。その理由は、手を挙げた少女が友美と仲が良く、おまけに容姿もウリふたつ(これは偶然だろうけど)なのだが、幽霊の曽根涼子{そね りょうこ}もチャッカリと、旅行計画の話し合いに参加をしていたのだ。

 

『海水浴やなんて、あたし生きとうときにあんまし行けなかったっちゃねぇ! これは裸ば思いっきり満喫せないけんばいねぇ♡♡』

 

 などとひとりで妙にはしゃぐ涼子の姿は、この場では本当に、友美にしか見えていない。もちろん声もであるが、幽霊娘の異様な張り切り方を瞳にして、友美は次のように考えていた。

 

(涼子ったらもう……しゃっちが裸で街ん中ば歩き回りようやない☠ それも夏も冬も関係なしでくさぁ……☀☃)

 

 まさにそのとおり。涼子は幽霊である自分の身の上をけっこうな話として、年がら年中真っ裸でもって、この世を徘徊しているのだ。おまけにこの事実を知っている者は、友美ともうひとり――あとからもうすぐ出てくる人物のふたりだけ。

 

「それはそうと、友美ちゃん☆」

 

「あっ、はいはい……なんやろっか?」

 

 一時的だが涼子へ顔を向けていた友美に、急に由香が話を向けてきた。おかげで内緒にしている幽霊――涼子の存在がバレたかと思い、心臓がドキッと高鳴った。

 

 しかし幸い。話は別の方向だった。

 

「孝治くん、今んとこ暇ば持て余して、ずっと部屋ん中おるとでしょ? せっかくやけん、いっしょに海水浴ば誘ってみたらっち思うっちゃけど……どげんやろっか?」

 

「えっ? 孝治もよかっちゃね?」

 

 友美は思わず、瞳がキョトンの思いとなった。


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