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『剣遊記閑話休題編T』

第一章  未来亭休業の日。

     (2)

 と言うわけで翌日。

 

 店の営業は本日までだが、給仕係たちの胸の内は、早くも長期の休暇で躍っていた。そのためまだ営業中であるにも関わらず、仕事は給仕長の熊手尚之{くまで なおゆき}にすべて押し付け。自分たちは旅行計画の話し合いに熱中している有様だった。

 

 おまけにその話し合いの場所とやらは、営業中である店内酒場の中。

 

「やっぱ行くにゃら海っにゃにぇ〜〜♡ 今がシーズンにゃんやし、ちょうどええっにゃよ♡」

 

「うん♡ 賛成ばい♡」

 

 いの一番に躍り出た朋子の提案に、七条彩乃{しちじょう あやの}を始め、一同異論なし。

 

「わたし、またまたごーぎ(長崎弁で『たくさん』)ごつか日焼けばしちゃおっかなぁ〜〜っと♡ これって小麦色のお肌の再現ばいね♡」

 

「ほうじゃけん、どうしてヴァンパイア{吸血鬼}が真夏の太陽に焼かれて平気なんぞなもしぃ〜〜? あたし、そこんとこがずっと昔から、いなげな思いやったんぞなぁ?」

 

「そげなん、よかもんでしょ♨」

 

 同僚の皿倉桂{さらくら けい}から変な部分で突っ込まれ、彩乃のほっぺたが、少しだけプクッとふくらんだ。

 

「そげなんわたしの勝手ばい♨ それに今どきのヴァンパイアは、紫外線に当たったくらいやったら灰になんかならんとやけ♨」

 

「時代もがいに変わったもんぞなぁ〜〜♦」

 

 桂が遠くを見つめるような目線になってささやいた。もちろん彩乃は、これで話を終わらせなかった。

 

「そぎゃんなこつ言う桂かて、陸に上がりっぱなしのマーメイド{人魚}やない☠ ほんとんとこは、海に帰れるんがいじくそうれしいんやなか?☀」

 

「えへっ♡ 実はそんとおりなんぞねぇ〜〜♡」

 

 彩乃からのご指摘を受けた桂が、ここでペロリと可愛い舌を出した。こちらは本心がズバリのようだったので、あえて噛みつき返すような反撃はしなかった。

 

「こらこら、ふたりでなごやかにケンカしちょう場合やなかでしょうが♡」

 

 ヴァンパイア彩乃とマーメイド桂の他愛のないやり取りに、由香が割って入った。

 

「水がうれしいとは、あたしもおんなじなんやけね♡ とにかくここは変な揚げ足取りばせんで、早よ完ぺきな旅行計画ば立てましょうよ♡」

 

「はぁ〜〜い♡」

 

「そうしてつかーさぁい♡」

 

 いかにもリーダーらしく、この場を取り仕切る由香。彩乃と桂が、そろって可愛い娘ぶった生返事を戻した。

 

「で、初めの話に戻ってほしかっちゃけど、朋子が知っちょう海の家っち、いったいどこにあると?」

 

「にゃんっ、それはにゃにぇ♡」

 

 みんなで仲良く(?)話し合っている間でも、大好きなチョコレートをパクついてばかりでいた香月登志子{かつき としこ}。ここで初めて、朋子に真面目ぶった質問を行なった。これに、ここぞとばかりに自分の存在感を示しつつ、朋子が勇んでみんなの前に一歩歩み出た。やはり猫しっぽを、左右にプルプルと振りまくりながらで。

 

「ここ北九州からそげん遠くにゃい福津の町の海岸にゃんやけ♡ 行程にそげん時間ば取らにゃいから、その分一週間、たっぷり海で遊べるにゃんよ♡」

 

「やりぃーーっ♡ それってたまがるほど最高ばぁーーい♡」

 

 朋子から行く先を聞いて、田野浦真岐子{たのうら まきこ}がパチンと、右手の指を鳴らした。縁の厚いトンボメガネをかけている真岐子は、さらにはしゃいだセリフを続けた。

 

「わたしかて福津ん海ならよう知っちょうとばい! 海水浴場としては博多県じゃ有名なとこばいねぇ☀ それから福津ん町ってけっこう歴史が深こうて、中の津屋崎って町には古代の古墳なんかもあって、すっごう郷愁ば誘うとこでもあるったいねぇ☀ それと宮地嶽{みやじだけ}神社ってゆう古い神社もあって、そこには日本一のしめ縄やら鈴やら太鼓なんかが展示されちょって、海に遊び飽いたらそげなん見物に行くんもええかもやねぇ☀♡ それから……むぐぅ!」

 

「はい! そこまでにしんしゃいよ♠」

 

 流れに任せておいたら、いつまで経ってもおしゃべりが止まらない。そんな真岐子の口を、由香がうしろから羽交い絞め同然。両手を使い、無理矢理でもってふさいでやった。

 

「もがぁ〜〜! むぐぅ〜〜!」

 

 単に口をふさぐだけならともかく、鼻まで手の平で抑えられては、呼吸ができなくなる。ラミア{半蛇人}である真岐子が長い大蛇の下半身(大人五人分の身長の長さ!)を、ドッタンバッタンと店内で大きくくねらせた。


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