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『剣遊記12』

第二章 巨象に乗った戦士たち。

     (6)

「わあっ! わたし象って初めて見たとぉ♡」

 

「こんにゃ大きいとに、街んにゃかで放し飼いして大丈夫にゃんかにゃあ?」

 

「でも、人にすっごい慣れてる感じぞな☞」

 

 未来亭給仕係の面々(七条彩乃{しちじょう あやの}、夜宮朋子{よみや ともこ}、皿倉桂{さらくら けい}たち他多数)も、これ以上がないと言える珍客の来店に、総出で玄関前に集合した。そんな有様であるから、恐らく店の中は給仕長である、熊手尚之{くまで なおゆき}ただひとりの状態であろう――とは言っても、お客さんも象を見に、店からほとんど出ている感じであるが。

 

 もっとも象出現のインパクトが大きくて、肝心の本当の客である博美の周りには、今のところ店長以外、まったく誰もいなかった。それでも元々の器が大きいのだろうか、博美自身は、あまり不満がない様子でいた。

 

「だからよー、ここって宿屋やっしー? そうならきょう泊まる部屋を用意していみそーれ☆ ちゃんとラリーの分も払うだわけさー☀」

 

「もちろん、当店はあなた様を宿泊客として歓迎いたしますがや。すぐに給仕長を呼んできますので、しばらく店の中で、お休みされてくださいませ」

 

 ようやく店主の顔へと戻った黒崎は、そう言って博美を店内に案内しようとした。そこで女戦士の博美が、ラリーの長い鼻の先を、右手でつかんで言った。

 

「やしが、いっぺー待ってだぁ♐ ラリーを厩舎まで連れてかななんねえだからよぉ✈」

 

 それからゆっくりとした足取りで、博美が店の裏側に回ろうとした。

 

「あっ、ぼくがそん場所ば教えてあげるばい☺」

 

 どうやら乗り物酔いが収まったようだ。裕志が博美の前に出て、ラリーといっしょに先導した。

 

「うわっち! おれも行くっちゃよ☜」

 

 好奇心満載中の孝治も、どちらかと言えば無関係のはずなのに、象のうしろからチョコチョコとついて行った。

 

もち友美と涼子も同じ。すでに怖さには慣れているようだ。その道すがら、裕志が孝治に、そっと話しかけてきた。

 

「ぼくぅ……帰りん道ば、博美さんと同行しよったとき、ずっと考えよったと✍」

 

「なんねぇ、藪から棒に?」

 

 孝治は半分面倒な気持ちになって、裕志の話に耳を傾けてやった。

 

「博美さんって、言葉づかいがすっごい乱暴やのに、ぼくったらいっちょも違和感ば感じんかったっちゃねぇ☺ で、そん理由ばずっと考えよったんやけど♣」

 

「なんか、裕志の言いたかこつ、こっちはいっちょもわからんとやけど☹」

 

 孝治は首を、思いっきりにひねるばかり。だけども裕志はこれまた淡々と、勝手に話を進めるだけだった。

 

「そん理由が帰ってから孝治に会{お}うて、やっとわかったっちゃね☆ 孝治は女ん子やっちゅうとに、いつも『おれ』なんち言いようやろ☛ やきーそれとおんなじで、博美さんが『おれ』っち言うたかてふつうに感じられたんは、きっと孝治で慣らされちょるせいなんやけね✌」

 

 孝治はすぐに噛みついた。

 

「うわっち! ちょ、ちょい待ちや! それってそれじゃおれはふだん、自分ばどう表現すればよかっちゃね! どげんでもええようなこつ、ほんなこつ考えんやなかばい♨!」

 

 世の中には明らかに、真剣に考えてもしょーもないことがある。また逆に、言ったらしばき倒されても仕方がないような、本当につまらないひと言もある。孝治は今の発言者が裕志でなかったら、即行で蹴り倒したに違いなかばい――と、歯ぎしりを鳴らしたい気持ちを一生懸命に堪え続けた。

 

 無論友美と涼子がうしろでクスクスしている様子も、よけいながらここに付け加えておこう。


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