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『剣遊記12』

第二章 巨象に乗った戦士たち。

     (5)

「あなたがあの有名な戦士の城野博美さんですか」

 

「おう! そうだわけさー☀」

 

 さすがに象に乗っての御来店である。ここは店長自ら、店の正面へと迎えに出なくてはならないところ。この異例極まる応対ぶりである黒崎が、象――ラリーの背中から降りて四階建ての未来亭を見上げている博美に、店主の貫禄で右手を差し伸べた。つまりが握手を求めている場面。ところがここで、客ではないのにやはりラリーから降りている荒生田が、黒崎の前にピョンとしゃしゃり出た。

 

「ゆおーーっし! 店長、わざわざオレんために店ん前まで出てくれるなんち、オレとしてもうれしかねぇ♡♡」

 

 あげくは博美よりも先に、黒崎の手をギュッと握る始末。

 

 この変な状況など無視。本来の来客である女戦士は、相変わらず未来亭の高さばかりに、自分の関心を向けていた。

 

「おれもけっこう世界中を旅してんだけど、こんなまぎー(沖縄弁で『大きい』)建物なんて、でーじしまかすもんだねぇ☺ ほんと、どぅまんぎるぜぇ☻」

 

 このとき、黒崎といっしょに象の出迎えで正面入り口に下りていた孝治は、しきりに首をひねっていた。

 

「じょうの……ひろみ……どっかで聞いたことあるっちゃねぇ……?」

 

 一応記憶の片隅から、彼女に関する記述を探ろうとしているのだが、やはり人一倍の忘却力が、今も威力を発揮中でいた。

 

「孝治ったら、忘れちょうと? ほらぁ、いつだったか吟遊詩人の二島{ふたじま}さんが言いよったやない☞ 沖縄で水軍ば率いて海賊なんかと戦いよったっちゅう、あの女戦士さんばい、きっと✌」

 

「うわっち……そうやったっけ?」

 

 やはりいっしょに正面入り口に下りている友美が、ここでも見かねて、孝治に助け舟を出してくれた。このような孝治と友美を背中にしてだった。

 

「ま、まあ、建物を誉めていただいて、真に光栄ですがや。それはそうと、象に乗ってのご来店なんで、馬用の厩舎はあるのですが、果たしてあなたの象が、そこに収まるのかどうか、少し心配なんですが……」

 

「そんなひざまづくような心配なら、要らねえわけさー☆」

 

 宿屋の主人である黒崎の心配事に、博美はこれまた、あっけらかんとした顔で応じていた。

 

「ラリーはこう見えても、でーじせまいとこで寝ることに慣れてるやっしー☀ だから馬といっしょでもいっぺー平気やっしー♡ それにエサも飼い葉でいいからよー♥」

 

 博美の自信満々なセリフをうしろで聞いた孝治は、そっとラリーの近くまで寄ってみた。今まで動物園で遠くからしか見た経験のない象の、大きな体格を見上げながらで。これにはもちろん、友美と涼子(当然ついて来た)も同伴。ふたりとも、滅多に見る機会のない本物の巨象にすっかり感心して、ラリーの周囲を子供のように跳ね回っていた。

 

『これはアジアゾウっちゃね✍ あたし動物図鑑で読んだことあるっちゃけど、象にはふつう二種類あって、アジア大陸に棲んでるアジアゾウと、もっと遠くのアフリカ大陸に棲んでるアフリカゾウがあるとよ✍ でもってこん象は耳が小{ちい}そうて牙もなかっちゃけ、やっぱしメスのアジアゾウっちゃね✌』

 

「へぇ〜〜、そうなんけぇ✍」

 

 蘊蓄だけならけっこう自慢ネタの多い涼子の説明に、友美がふんふんとうなずいていた。もちろんおとなしそうな草食動物とはいえ、大きな象の目の前に立つのは、さすがに怖い感じがするようだ。初めの跳ね回りようから一変。友美がそっと、孝治の背中に隠れるような感じで、うしろへと下がってきた。反対に涼子のほうは、堂々とラリーの目の前での浮遊を繰り返し中。幽体っちゅう存在は、ほんなこつ便利なもんちゃねぇ――と、孝治は口には出さずに実感した。


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