前のページへ     トップに戻る     次のページへ


『剣遊記12』

第二章 巨象に乗った戦士たち。

     (2)

「そげん言うたら完全に忘れちょったんですけど、なして今ごろんなってまた、陣原伯……その公爵が、未来亭に仕事ば持って来たりするとですか?」

 

 重要な記憶がよみがえったところで、孝治は改めて黒崎に訊いてみた。

 

「それはだなぁ……こほん」

 

 ここで未来亭の店長が、軽い咳払いなどをひとつ。それから秘書の勝美に顔を向けた。

 

「勝美君、そこの種類を取ってほしいがや」

 

「はい、店長♡」

 

 すぐに勝美が羽根を羽ばたかせ、執務机の右側にある本棚に置いてある封筒を全身でかかえ(なにしろ身長が16.9センチなもので)、黒崎の元までそれを運んだ。

 

「ありがとう」

 

 黒崎はその封筒を右手で受け取るなり、封を開いて中から紙の束を取り出した。その紙に、なにか大事な話が書かれているようだった。

 

「孝治が考えているとおりだとは思うが、やはり公爵の家で再び不穏な動きが起こっとうようだがや。それでその解決のために、未来亭の戦士と魔術師に派遣の依頼が来て、僕がそれに応じたわけなんだがね。だから派遣する者は、ちょうど店にいる孝治と友美君と……」

 

 ここでなぜか、黒崎が不自然な素振りで、急にノドを詰まらせた。いつもの敏腕店長らしくもなく。

 

(まっ、話ばとっくに聞いとうっちゃけどね……☠)

 

 実は孝治にも、店長の話の先が読めていた。それから案の定だった。

 

「……知っているとは思うんだが、荒生田と裕志のふたりが、もうすぐ店に帰ってくるがや。だからふたりにも行ってもらうことにするがね」

 

「うわっちねぇ〜〜♋」

 

 もはや完全に覚悟済みの孝治は、ここで深いため息をひとつ。

 

 孝治の先輩戦士と同期の魔術師が戻ってくる話は、先ほど友美と涼子から教えられていたので、すべて先刻承知な件だった。だが偶然の成り行きではなく、このメンバーで初めっから店長の指示でそろって仕事に出るという話の展開は、なんだか今回が初めてのような気もしていた。

 

 そのような妙な気持ちで、孝治は再度黒崎に尋ねてみた。

 

「で……ちょっと店長に訊いてみたかとですけどぉ……?」

 

「なんだがや?」

 

「そのぉ……なんちゅうか……宝探しばっかやりよう先輩が、店長の依頼ばまともに聞いたりするとですかねぇ……♋」

 

 この質問に黒崎は、下アゴに左手を当てる仕草を見せた。たぶん黒崎自身も、今回の編成を疑問に感じているのではないだろうか。それでも口調は、いつもの澄ました調子を通していた。

 

「まあ、荒生田だってこの未来亭の一員だがや。だから依頼を請けて仕事に出る義務はあるはずだがね。ただ今まで、自分で冒険申請を出して宝探しに行く場合が多かったものだから、なかなかその機会がなかった……だけだと思うがね」

 

「そげなもんですかねぇ……?」

 

 それこそ疑問の尽きない孝治は、ふと黒崎の背後に目を移した。秘書の勝美が、空中でくすっと微笑んでいた。

 

 孝治は思った。確かに私用的冒険申請ば出して出かける回数で言えば、荒生田先輩は未来亭の中で、きっと断トツになるっちゃろうねぇ――と。そのような現状なので、いつも仕事があるとき、肝心のサングラス😎野郎は不在がち。依頼をまともに請ける機会がほとんど――というよりもまったくない――と言ったほうが、実情なのではなかろっか――とも。

 

「それで、今回はたまたま……やのうて、やっと派遣依頼と先輩が帰ってくるんが重なったっちゅうことですね☆」

 

「まあ、そうなるわけだがね」

 

 孝治の指摘に、黒崎が深い相槌をしてくれた。

 

「そげんなったら、あとはちゃんと、先輩が仕事ば引き受けてくれるかどうかが、問題っちゅうわけですっちゃね☁」

 

「まあ、それはにゃーと思うがや……」

 

 おまけである孝治の問いにも、黒崎は首を右に傾けながらで応えてくれた。しかし実際に、こればかりは未知数な話だと、孝治は再び深いため息を繰り返した。

 

 お家騒動のような小むずかしい仕事の場合、可能であれば自分自身を含めて、派遣者は多ければ多いほど良いものなのだ。そのほうが『三人寄れば文殊の知恵』で、不安材料の多くが解消できるからである。だけど、その派遣で同伴する者があの変態ともなれば、きっと今回も同行に格好をつけた、チィッカイかけられまくりとなるだろう。

 

 早い話がセクハラの嵐。

 

(こりゃあんまし、仕事にならんちゃろうねぇ〜〜☠)

 

 孝治のため息の理由は、ひと言これに尽きた。

 

 そこへ店長執務室の窓から外の景色を眺めていた涼子が、急に大きな声で孝治に呼び掛けた。

 

『ねえ! 荒生田先輩が帰ってきたっちゃよぉ!』


前のページへ     トップに戻る     次のページへ


(C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system