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『剣遊記12』

第二章 巨象に乗った戦士たち。

     (1)

「久留米{くるめ}市の陣原{じんのはる}公爵ですけぇ〜〜?」

 

「そうだがや✄✐」

 

 未来亭の店長――黒崎健二{くろさき けんじ}氏が言うところの、ある貴族の名称に、孝治はなにやら昔、聞いた覚えのあるような気がしていた。

 

 もちろんそこは、人一倍記憶力に自信のない孝治である。

 

「……誰だっけ?」

 

 かなり遠い以前、確かに聞いたような記憶がある――ような気はする。しかし肝心の内容が、ちっとも脳内の引き出しから出てこないのだ。

 

「やっぱ孝治くんのことやけ、頭からつーつらつー(佐賀弁で『すらすら』)って、でけんばいねぇ☻」

 

 黒崎の秘書を勤める光明勝美{こうみょう かつみ}が、背中のアゲハチョウ型半透明の羽根をパタパタさせて宙を舞いながら、ふふふっと笑みを浮かべていた。もはや長い説明は省くが、勝美はピクシー{小妖精}であり、黒崎の有能な秘書である。

 

「もう、孝治ったらぁ、忘れちゃったと? 最近爵位が上がって、伯爵から公爵になったってニュースもあったとにぃ☁」

 

 友美もとうとう見かねたらしい。忘却戦士(?)――孝治の右耳にそっと寄って、小さな声で教えてくれた。

 

「ほらぁ、前にいっぺん行ったことあったやない☞ あんときも店長から重要な書類ば届けるよう言われて、久留米まで行ったっちゃよ☛ あんときはなんか、陣原家の周りにキナ臭い動きがあったもんやけ、巻き添えが嫌ですぐ帰ったとでしょ✈」

 

「そ、そうやったっけ……✐」

 

 そこまで説明をされ、孝治にもようやく、記憶の片鱗がよみがえったりする。とにかく一度無関係を決め込んだら、あとはもう完全に知らんぷりで頭からリセット。これが孝治の、隠れた才能のひとつでもあるのだ。

 

『やっぱ駄目っちゃねぇ☻ 孝治っち友美ちゃんがついとらんと、けっきょくなんもできんとやけねぇ☁』

 

「うわっち……しゃーーしぃったい……☂」

 

 涼子の小言に、孝治はこれでも極小のつもりで、小さな声を返した。なにしろ幽霊の存在は、黒崎と勝美にも内緒なものだから。

 

 それはそうとして、孝治はあの日の出来事を、少しずつだが思い出してきた。言われてみりゃあ確かに、三人(孝治、友美、涼子)である手紙ば久留米市の陣原伯爵(当時)の家まで届けた仕事があったっちゃねぇ――と。そのとき屋敷にて、これまたある陰謀――つまりお家騒動の空気を戦士の勘で感じ取った孝治たちは、報酬を受け取るなりまさに巻き添えは御免とばかり、早々に久留米市から退散したものだった。


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