『剣遊記12』 第二章 巨象に乗った戦士たち。 (10) 「先輩、遅刻っすよ!」
すぐに孝治は文句を垂れた。だけど荒生田にとってこの程度の小言(?)など、それこそカエルのツラになんとかってモノだろう。
「なははっ☆ まあ孝治よ、そげん怒んなっちゃ♪ 旅の気合い補充と街の彼女たちとのしばしの別れのため、きのうからちょこっとばかしビールとワインとウイスキーば、ガバガバ飲んだだけっちゃけ♥ これで栄養は充分に補給されたんやけ、きょうのオレは元気全開バリバリもんやけねぇ♡✈」
「そん代わりで付き合わされた裕志が、青い顔バリバリっちゅうことですけ?」
「まあ、そげんこと✌」
孝治の皮肉にサングラス野郎が余裕で応じたとおり、魔術師の裕志は今にも吐き戻しそうな顔をして洗面器を小脇にかかえ、ある意味準備完了中でいた(!)。
そんな裕志の介抱を、ふだんならば由香が行なうはずである。しかし可哀想な現状の話で、彼女は現在店の仕事が忙しくて、彼氏の見送りにも出られない状況下にあった。
けっきょく今の裕志には、誰の助けもなし。それでも背中のギターを忘れない根性が、これまたある意味、彼の意外な大物ぶりを示してもいた。
「やー、しかます(沖縄弁で『ビックリする』)するほど歩くのもでーじなとんだなぁ☠ にりー(沖縄弁で『面倒』)けど、ラリーの背中に乗ってりっかー☝」
軟弱魔術師の惨状を、つい見かねたのだろうか。博美が象の背中の上から、裕志に右手を差し出した。だがそれよりも早くだった。ラリーのほうがパオーーッと長い鼻で、裕志の黒衣にうしろ襟を、器用につかみ上げたりした。
「わわわぁーーっ! く、苦しかぁーーっ!」
黒衣のうしろのエリ首部分をつかまれた格好なので、裕志は一時的だが、呼吸困難に陥ったようだ。しかもそのままラリーは、上手に裕志を自分の背中に乗せてやる芸達者ぶり。
だけどこれで、二日酔いもいっぺんに吹き飛んだ感じ。もはや気分が悪いどころではなくなっている裕志が、ビクビクしながらもラリーの背中に、しっかりとしがみついていた。
これであとは象酔い(?)を、再び起こさない幸運を祈るだけ。
「うわっち! 良かっちゃねぇ☺ おれも象の背中に乗りたかぁ♡」
孝治も思わず童心に帰って、博美におねだりをした。
「しーぶんでい♡ やーも乗るっさー♡」
「うわっち♡ ありがとさん♡」
すぐに気前の良い、博美からの返事。こうなれば遠慮など、なにもなしの孝治である。ちょうど自分の前に差し伸べられたラリーの鼻をしっかりと両手でつかみ、これまた器用に背中まで、スルスルと登っていった。いわゆる離れ業を披露してやったのだ。
「やーもなかなか、うーまくだなぁ★」
これには博美もビックリしてくれたほど。
無論象に直接さわるなど、孝治も生まれて初めての体験であった。だけどもともと、動物自体にはなんの恐れも抱いていないところが、孝治の自慢にひとつでもあった。例外もけっこうあるけど(毒のある細長い動物など)。
それはとにかく背中に上がってみると、ラリーの背中は実に広くてゆったりとしていた。
「ずっと前に竜{ドラゴン}の背中にも乗ったことあるっちゃけど、あれよかずっと楽に行けそうっちゃねぇ♡」
孝治はつい、昔の思い出に浸っていた。ここで友美の声がした。
「孝治、自分ばっかしズルかっちゃよぉ♨」
「うわっち!」
「わたしも乗るっちゃけぇ♡」
友美もすぐに、自身の浮遊の術で、象の背中まで上昇した。もちろん涼子など、勝手にラリーの頭に跨り済みでいた。
『あたしが先頭やったげるっちゃねぇ♡』
「はいはいって☠」
これにはもはや、孝治は苦笑するしかなかった。 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |