『剣遊記11』 第四章 密猟王黒ひげ。 (8) 「なんや〜〜ありゃ?」
望遠鏡で周辺を見張っていた槍藻{やりも}の目に、突如奇妙奇天烈なる物体が飛び込んだ。
時刻はその日の正午過ぎ。それも空を飛んでいるなにか四角い物と、その横に並んでいる、丸っこい形の顔をした鳥――であった。
「なんや、いけぇちゃがちゃが(福井弁で『メチャクチャ凄い』)に珍しいっしぃ?」
すでに三十路{みそじ}を遥かに越え、この山中にこもって長い槍藻であった。しかしあのような奇怪極まる飛行生物を目撃した経験は、生まれて初めてといえた。
「お、親ぶぅーーん!」
この付近の山中にはおのれが知っている限りでも、人はひとりも住んでいないはず。それがわかっているから、大声を出すことにためらいはなかった。槍藻が声を張り上げ、親分である煎身沙に呼び掛けた。
「あんだぁ? なんかおもっしぇえいけぇ(福井弁で『面白大きい』)声出さんでも、よう聞こえっしぃ!」
昼飯の最中を呼び出され、やや仏頂面になっている親分の煎身沙であった。すぐに子分数名を従え、槍藻がいる見張り場へと顔を出した。
見張り場は岩場の頂上に設けられ、食事用の洞窟は、そのすぐ真下にあった。槍藻は親分が不機嫌気味な感じでいる空気も構わず、右手で空の彼方を指差した。
「見てしねぇ☝ なんかおもっしぇえもんが飛んでくるっしぃ☞」
「あんだぁ?」
言われるがまま、子分が人差し指で示す方向に、煎身沙が目を向けた。
「なんだ、ちぇーもんじゃしぃ?」
すでに望遠鏡の必要がないくらい、謎の飛行物体は、自分たちの陣取る岩場にまで接近していた。
「ありゃぁ……☞」
さすがに山奥を活動の拠点としているだけあって、煎身沙の視力は抜群であった。
「おもっしぇえなんてもんじゃねえしぃ! ほんななんで飛べるえれぇ知らんのだが、ありゃ絨毯に乗ってるべさと、横におるじゃらくせぇ(福井弁で『子供っぽい』)のはハーピーだしぃ!」
「親分! わせれとったけど、あいつらもしかしてぇ!」
煎身沙の右に控えている子分も、今になって大事な話を思い出したらしい。それをすぐに、親分へと告げた。
「ほらぁ! 密偵からの報告にもあったぁしぃ! 折尾の仲間にべさやらハーピーやらおるってぇ! もしかしてあのおもっしぇえそうなんがそうじゃねえっすかぁ?」
「……おいやーそうだ☀ 間違いあんめぇ☆」
子分の意見に、親分は異を唱えなかった。とにかくそのとたん、煎身沙の悪賢い頭脳に、次の思考が必然的として浮かび上がった。
「なんとかしねま、あいつらをひっちゃまえるっし! 折尾との交渉に人質として使えるってな感じやしぃ!」
「へい、親分!」
「合点承知っ!」
煎身沙の号令一下。子分たちの動きは素早かった。たちまち岩場の周辺から姿を隠し、変な飛行物体――三人娘(沙織、泰子、浩子)を捕まえる準備へと取りかかった。 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |