『剣遊記11』 第四章 密猟王黒ひげ。 (5) 「ねえーーっ! なんか見えるぅーーっ!」
瞳を開けづらいほどの、強い向かい風の中である。空高くを飛行中なので、沙織の声は、自然と大きな音量になっていた。
「あてことも(千葉弁で『どうしようも』)ねぇーーっ! あにも見えないだでぇーーっ!」
返事を戻す浩子の声も、負けず劣らずで大きかった。
沙織は現在、持参していた愛用の絨毯に乗って、福井、石川、岐阜{ぎふ}の三県に跨る両白山地上空を飛行していた。しかし沙織の乗っている絨毯は、俗に言う魔術の産物――『空飛ぶ絨毯』ではない。これは泰子が自分の体を風に変貌させ、その風力で絨毯を沙織ごと、空中に浮かび上がらせているのだ。
念のために申しておくが、沙織は大学で一応魔術の勉強もしていた。しかし魔術自体は、ズブの素人のままなのだ。
またこれは、三人娘が好んで実行する、手軽な移動手段でもあった。ことの成り行きは、沙織たちキャラバン隊がいよいよ山中へと入るとき、それに先立ってであった。
「なんだったら、この山のどこにグリフォンの棲みかがあるのか、わたしたちが確かめてきますね♡ ここはわたしたちに任せてください♡」
いきなり自信たっぷりで、沙織が折尾に言ってのけたのだ。
「どんな方法を使うが知らんが、それは駄目だ! 危険すぎる!」
一発でその申し出を却下しようとした折尾に構わずだった。沙織はちゃっかりと牛車に載せていた絨毯を、すでにさっさと下ろしていた。
「泰子ぉ♡ またいつものやつ、やってぇ♡」
「またやるっべかぁ?」
仏頂面の泰子を風に変じさせ、自分自身は絨毯の真ん中に乗っかって、浩子といっしょに空中へと高く舞い上がっていった。
もちろんこのとき、帆柱も止めに入っていた。しかし駄目だった。
「沙織さん、俺には店長の従妹であるあなたを守る義務があるっちゃが……☁」
「大丈夫♡ 行ってきまぁ〜〜っす♡」
男たちの制止を見事に振り切り、おまけに無邪気に右手を振りながら、沙織たちはそのまま空の彼方へと消えていったのだ。 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |