『剣遊記11』 第四章 密猟王黒ひげ。 (12) 「きゃあーーっ! なにこれぇ!」
「ああーーん! なんだっぺぇーーっ!」
これにて突然、身体の自由を奪われた沙織と浩子が叫んだ。
「な、なんなのよ、これってぇ! グリフォンの仕業なのぉ!」
「んなわけねえっぺぇ!」
沙織は瞬間的にパニック状態。浩子も翼を大きく羽ばたかせ、網状の物に抵抗した。そこへ慌てふためく女子大生ふたりを、まるであざ笑うかのごとくだった。
「じゃらくせぇべさどもよぉ☠ やったのはグリフォンじゃねえっし、オレたちざぁ♐」
沙織たちに網をかぶせた下手人どもが、岩場の穴から、ぞろぞろと顔を出した。
「あ、あなたたちって……♋」
早くも重度のパニックとなっている沙織が、丸い瞳を大きく開いて叫んだ。
「や、山奥にいる痴漢なのぉ!」
「ちがぁーーうっっ!」
男どもは一斉に岩場で転んだ。
「なんが悲しゅうて、こんなちかっぺ寂しい山ん中で痴漢せにゃならんしぃ! オレたちの目的は、たんまで別にあるっしぃ!」
「わんらら、山賊っしょ!」
少しはまともな言い方で、浩子も彼らに問い掛けた。しかし、沙織から受けた煎身沙の精神的ダメージは、かなりの威力だった模様である。
「ま、まあ……あばさけん(福井弁で『ふざける』)でそう言ってくれたほうが、ちょっこしマシってなもんだしぃ……☁」
ガックリと両肩を落とした仕草で、煎身沙が囚われとなっているふたり(沙織と浩子)の前に立った。ここは本来、勝ち誇って堂々と胸を張る場面であるのだが。
「オレらはざぁ……ちょっきりそんな風しか見えんのだしぃ……☂」
「親分! ちゃがちゃが気落ちしてる場合じゃなもなもぉ♐ このべさどもを、早よういけぇビビらせるっしぃ★」
このように、言葉どおりにかなり気落ちしている黒ヒゲの親分であった。そこを右横で控える冷素不からの発破を受け、あっさりと立ち直ったりもする。
「そ、そうだしぃ☆ 泣いてる場合じゃないっしぃ!」
初めに見せた威勢と見た目の風格とは違って、煎身沙にはかなり、心に繊細な部分があるようだ。つまり性格の浮き沈みが激しいってこと。
ついでに単純さも。
「この際、オレたちの正体はどうでもいっぷくすればいいっしぃ! とにかくおまえらわかいしゅを人質にして、これから折尾のあばさけ野郎と交渉に行くんざぁ!」
「折尾さんの名前を知ってるの……どうして?」
大学ではやり手の才女なのに、ときどき焦点のズレる沙織であった。しかし今の黒ヒゲのセリは、決して聞き捨てのならない話。山賊が折尾の名前を知っているということは、この男たちはキャラバン隊と、なんらかの関わりがあるという話になるからだ。
だが煎身沙は吐き捨てるかのようにして、捕えたふたりを、見下しの目付きで見つめていた。
「今は知らんでもあとで知ることになるっしぃ☆ それよりかたい(福井弁で『元気』)まんまでいたかったら、しばらくかたいもんでいるんざぁ☞☞」
「親分、折尾と交渉する前にだしぃ、このべさどもとおんちゃんがおもっしぇえことするってのは……だちゃかんですかい?」
ここで頭のハゲた子分のひとりが、口からだらしなく涎{よだれ}を垂らしていた。
「ふぅ〜む……☻」
煎身沙自身は絶対に否定をしたがっているようだが、これではやはり、彼らはただの痴漢集団そのもの。そのようなトラウマがあるせいか、黒ヒゲの親分は、子分の催促を言下に撥ねつけた。
「やっぱりだちゃかん! オレたちゃあくまでも、ちかっぺぎっとな狩人ざぁ☀ 高貴なお方との取り引きだってあるしぃ、あんまりおぞい真似はできねえっしぃ✄」
法に背く密猟者の分際で、真面目ぶっている狩人とは笑止千万。だが、このある意味カッコいいセリフのあと、煎身沙は沙織と浩子に顔を向けた。
「だがよう、折尾との交渉で決裂ってことでもなったら、そんときはもつけないけどオレは知らんしぃ☠ わかいしゅで勝手にやればだんねぇしぃ☠」
「へいっ♥ 合点承知のすけでざぁ♥」
子分どもは親分のこのひと言で、充分に満足をしたようだ。このような山賊もどきの連中が、折尾とどんな話し合いを行なうのか。沙織と浩子にとっては現時点において、それを知るよしはなかった――けれど、絶体絶命の危機であることも間違いない。
このふたり(沙織と浩子)にとっても。また山道で待っているキャラバン隊にとっても。
実はこのとき、沙織の周囲では、小さな旋風が渦を巻いていた。
「お願い、泰子♥ わたしたちが危ないことになってるの、すぐ帆柱さんに教えて☞」
風は沙織の小さな願い事を聞きつけ、すぐに突風となって、岩山を吹き抜けた。
この様子と異変を知っている者は、沙織と浩子のふたりだけ。煎身沙を始め、密猟者の一団で気づいた者は、ひとりもいなかった。 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |