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『剣遊記11』

第五章 人質奪還作戦。

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(ドデぇ(秋田弁で『ビックリする』)ことになったんだがらぁ! こいって早えとこ、みんなに報せるべぇ!)

 

 突風の姿になっている現在の泰子は、言わば地球上最高速の生命体だと言えるだろう。それこそ誰の目にも止まらぬ――もともと風だから、見えるはずもないが――猛スピードで山岳地帯から大森林一帯を一瞬の神業で吹き越え、キャラバン隊が待機している野営地まで戻る行動に、ものの数刻もかからなかった。

 

「沙織さんたち、遅いっちゃねぇ☁ いったいいつまで、空のお散歩ばしよんやろっか✄」

 

 そのとき孝治は、三台並んだ幌付き牛車のそばで、長い暇を持て余していた。友美はそんな孝治といっしょに焚き火を起こし、折尾や帆柱たちのため、お茶を沸かしていた。

 

 先輩に飲み物を用意することも、後輩戦士や魔術師の役目のひとつなのだ。

 

 その折尾と帆柱は地面に大きな地図を広げ、なにやら話し合っている最中でいた。しかしキャラバン隊の現在の状況など、緊急の事態下にある泰子にとって、それこそ重要な話ではなかった。実はもっと現実的で大変な障害が、泰子を待ち受けていたのだ。

 

(あいー、ど、どうするべぇ? みんなに沙織があらげられ(秋田弁で『乱暴され』)とうこと、早よう教えなきゃいけねえだどもぉ……☠)

 

 キャラバン隊の元には帰り着いたものの、泰子はすぐに人の姿へは戻れず、風のままで周辺を旋回し続けていた。だからけっこう鈍感を自覚している孝治など、今吹いているそよ風が実はシルフであろうなどとは、まったく夢にも思っていなかった。

 

「なんか、やけに風が吹かんね?」

 

 などと呑気につぶやくだけ。

 

(す、すったげ元に戻ってみんなにちゃっちゃど言わねえと、沙織と浩子がよいでねぇっでのにぃ☠)

 

 とにかく気ばかりあせるのだが、姿を現わす決断に至るまで、泰子はなかなか行き着かなかった。なにしろ風から人に戻るとき、衣服の用意を忘れて、いつも裸を人前に曝してしまう。そのような失敗を、過去に何度も繰り返したことか(ついさっきも)。

 

 そんな気持ちで、泰子は我が身のそそっかしさを嘆いていた。その泰子の瞳(風の状態でどこに瞳があるのかは謎)に写ったもの。それはいったい、なんの用事を行なっているのやら。二台目の牛車の孝治たちの位置では見えない所から、美奈子と千秋と千夏の三人が、ひょっこりと顔を出したではないか。

 

無論泰子が美奈子たちに期待できるような話の展開など、なにもないはず――はずなのだけれど。

 

「あれぇ? 泰子ちゃんがぁ帰ってきてますですよぉぉぉ☞」

 

 突如見えないはずの自分を右手で指差し、はっきりと言ってくれた千夏のセリフに、シルフ――泰子は心底からのドデぇこと――ビックリ仰天をやらかした。


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