前のページへ     トップに戻る     次のページへ


『剣遊記11』

第四章 密猟王黒ひげ。

     (1)

「親分☆」

 

「なんやぁ?」

 

「へい、ちょっきり、密偵からの新しい報告がようけ届きやした☞ 獲物のキャラバン隊が、いよいよ山に入るようやしぃ✌」

 

「ふっ、おもっしぇえのぉ♥」

 

 ここは両白山系の、深い山の奥。とある洞窟の、また奥の奥。つまり人里からまったく無縁の山奥で、ある一団の謀議が、密かに執り行なわれていた。

 

 なお、洞窟内を照らしている照明は、一本のロウソクのみ。たったこれだけの光の下、およそ三十人ほどの野郎どもが、宿屋のひと部屋分くらいしかないせまい空間で、ギュウギュウにひしめき合っていた。

 

 彼ら全員が全員、むさ苦しい顔の集まり。しかも洞窟に潜むともなれば、そんな物好きな連中は山賊ぐらいなものだが――事実、実際に彼らは、その類のようだった。

 

「親分、そのぉ……なんて言うんけのぉ? もっとたいげえにいけぇ隠れ場所はなかったなぁも?」

 

 窮屈にたまりかねた子分の訴えを、親分は聞かない振りで応じた。それよりも親分は、密偵からの報告のほうが、遥かに大事であった。

 

「で、キャラバン隊は今、なんぼーなっとる?」

 

 ロウソクの灯りだけでは人相その他は、まったくわからなかった。しかし声の感じと口調からして、親分とやらは相当いかめしそうな人物の模様。しかも唯一感じられる大きな特徴として、口と下アゴの周りに、黒そうでたくましいヒゲを密生させているようだ。

 

「へ、へい……出発のとき以来、いけぇ変化はねえようだしぃ……☁」

 

 親分に答える子分の口調が、このときなぜか、わずか気味だが震えていた。その理由はこれ。

 

「変化はねえってなぁ!」

 

 親分は、すぐに怒鳴る男であったのだ。

 

「わけなしなこと言うな! こざにくい折尾のキャラバン隊が、こんな山ん中にべさやわらびしい連中を連れてくる気ってなぁ!」

 

 子分が慌てて頭を横に振った。

 

「そんなもんおいらに訊かれたって、そりゃだちゃかんですよぉ☁☂」

 

 ここで折尾の名前が出た以上、彼らがキャラバン隊となんらかの関係がある話の展開に、ほぼ間違いはないであろう。その説明はのちほどにして、さらに疑問を募らせながら、親分が怯える子分のシャツの胸倉を、右手でつかんで持ち上げた。けっこうな腕力の持ち主である。

 

「初めの報告やと、キャラバン隊長の折尾のノール野郎と部下ふたりを筆頭に、雇っとう護衛の戦士がふたり……これはケンタウロスの野郎と人間のべさ(福井弁で『女性』)に、それと魔術師ふたりが両方ともべさで、それに加えてなぜかわかいしゅのべさが五人もひっ付いて、内訳がこれまた人間とシルフとハーピーだって、最初の報告で入ってんだしぃ! ついでに言えば、おまけの人間ふたりは双子の、じゃらくせえまだ子供だとよ✐ こんなメンバーで、いってえどうやって、おっとろしゃあけわしい山越えができるんだしぃ♨

 

「だ、だからぁ……おいらにそんなこと突っ込まれてもだちゃかんですよぉ☂」

 

 子分が半泣きとなった状態は、この際脇に置く。それよりも親分は、キャラバン隊の編成について、異常なほどにくわしく情報をつかんでいた。

 

 まるで最初っから、話を誰かから聞いていたかのように。

 

「ふん♨ まあええ♨ それよりこざにくい折尾の猫顔野郎が山に入って、グリフォンを逃がすときを見逃すんじゃねえだしぃ☞ せっかくオレ様が捕まえたグリフォンを、横からけるような真似しくさってぇ♨ こうなりゃ取り返すごっつおのついでじゃ♐ あのノール野郎を必ずおっとろしゃ目に遭わせてくれるんだしぃ!」

 

「へい、親分!」

 

 ここまで話が進めば、賢明なる読者の方々も、もうおわかりであろう。

 

 そう、彼らは密猟者なのである。

 

 それもグリフォン専門で悪名高い、密猟王『煎身沙{いるみさ}一家』。

 

 そんな彼らにとって折尾のような野獣保護管理官は、まさに不倶戴天の宿敵。おまけにこのような連中は、必ずと言って良いほど、自分の罪には無頓着。逆に自分を戒めてくれた者を、絶対に逆恨みする性質なのだ。

 

 つまり孝治たちキャラバン隊の行く先には、とんでもない敵が待ち受けているというわけ。


前のページへ     トップに戻る     次のページへ


(C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system