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『剣遊記12』

第三章 陰謀渦巻く公爵家。

     (8)

 形式どおりの挨拶と、それぞれの自己紹介が終わったあとだった。象のラリーはここでもやはり、馬用の飼育舎に繋ぎ止められるようになった。それから孝治たちは、そろって邸内の宿泊部屋をあてがわれた。

 

 ところが――だった。

 

「広かぁ〜〜とは言え、みんなおんなじ部屋ん中けぇ? ここにゃあ個室ってもんがないとねぇ?」

 

 孝治の文句たらたらも、無理はなかった。最も恐れている変態戦士――じゃない先輩戦士――荒生田との同室を、半無理矢理的に余儀なくされているのだから。

 

「いったーらもみんな、いっぺーでいいだある♡ おれは全然なんくるないさー♡」

 

 同じ女性でありながら(違う!)、博美の感性は孝治とは、まったく異なるシロモノでいた。もしかしたらヤローふたりとベッドをともにするかもしれないのに、むしろ嬉々とした口振りでさえあったのだ。

 

 無論孝治とは、そもそもの事情が違っていた。

 

「あんた……いや博美さんは先輩のえずいとこば知らんちゃねぇ☠ やきー、夜中に寝首ばかかれたかて、おれは知らんけね♋」

 

「おっ? 今ん言葉、カチンちきたばい♐ 孝治、おまえは先輩様に対して、すっごい失礼な言い方するやないけ☞」

 

 さすがに頭がにぶい荒生田も、孝治の今のセリフで鶏冠{とさか}にきたようだ。

 

「この紳士たるこんオレが、いったいいつおまえの寝首ばかいたとや♨ ええっ!」

 

「いっつもかいちょるやなかですか♨ それに先輩のどこが紳士やっちゅうとですか♐ 片っ腹で笑っちゃいますよ☻」

 

 珍しくもこの場にて、先輩(荒生田)と後輩(孝治)のにらみ合い。その中間に位置している裕志は、ほとんど微力――いやいや無力の有様でいた。それでもなんとかオロオロ気味ながら、ふたりの仲裁に入ろうとした。

 

「ちょ、ちょっと先輩も孝治もぉ……こげなとこでケンカなんち、やめてくださいよぉ……♋」

 

 嗚呼、涙ぐましい努力の見せ場。セリフもまったく、頼りになっていないけど。

 

「おまえは引っ込んじょれ!」

 

「右に同じっちゃけ!」

 

 それでもけっきょく、荒生田と孝治からの同時一喝を受け、言われたとおり、すごすごと引っ込む結末。

 

「は……はい、すんましぇん……☁」

 

 この状況を、やはりハラハラ気分の様子で見ている友美は、隣りで悠々としている博美に話しかけていた。

 

「ねえ、博美さんは黙って見ようだけなんやけど、止めには入らんと?」

 

 これに博美は笑って返した。

 

「まあ、ゆくるし合うんは、ばっぺーてることじゃねえよ♡ 戦士同士がお互げえゆんたくしながらブツかり合うなんて、日常ようあることやっしー♥」

 

 そのセリフどおり、博美はふたり(荒生田と孝治)の口ゲンカを、むしろおもしろ気分で眺めているようだった。

 

「そげな真面目なケンカとは、いっちょん違うっち思うっちゃけどねぇ……☹」

 

 友美はもはや、サジを投げたいような顔になっていた。


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