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『剣遊記12』

第三章 陰謀渦巻く公爵家。

     (6)

「なんやろっか、あいつら?」

 

 もちろん孝治も、とっくに気がついていた。とにかく背が高い象の上にいると、遠くの様子が、まるで手に取るようにわかるものだから。

 

「屋敷ん中から出てきたっちゃけ、陣原家の関係者なんやろうけど……それにしたってガラん悪そうな連中っちゃねぇ

 

 などと孝治に、思わずつぶやかせるような連中。その数およそ、十人ほど。ただし、見た目の印象どおり全員が全員、貴族の関係者らしくない服装をしていた。

 

 状況をくわしく説明すれば、彼らは屋敷を守る番兵などではなかった。まるで街のあちらこちらでゴロゴロしているような、要するにチンピラの砕けた格好をしている者ばかりであったのだ。

 

「ゆおーーっし! 大した歓迎ぶりっちゃねぇ♥ それも番兵やのうて、いわゆる用心棒ってとこやろうねぇ✍」

 

 その経験値と職業柄、この手の人種と渡り合う機会が多いであろう荒生田が、すぐに連中の素性を分析してくれた。

 

「一応友好的……やなさそうっちゃが、たとえ敵やとしても、こんオレん手にかかりゃあ、すぐにイチコロってとこばいね♥」

 

 ついでに根拠薄弱な自信ほざきも忘れていなかった。

 

 それからついに――だった。問題の十人が象のラリーを中心にして、孝治たちを取り囲む格好となった――とは言え、やはり大きな象にビビッている感じ。五メートルくらい離れた所で輪となって、しかも全員及び腰となっていた。

 

「おうおうおう! おめえらなんばしに来よったとかぁ!」

 

 定番ではあるが、一団の中で一番偉そうにしている半そでシャツ(色は赤の無地)の男が、いかにも乱暴そのものな銅鑼声をかけてきた。

 

 これはなかば予想どおりであったが、やはり彼らは友好的な一団ではなかった。

 

「それに、こん怪物はいったいなんやっちゅうとか! おめえらこればわざわざ見せびらかしに、こげなとこに来たんちゃなかぁ!」

 

 半そでシャツのアホと無知丸出しセリフに、涼子が眉をしかめていた。

 

『こん人たち、なん言いよんね♨ もしかして象も知らんとやろっか? 確かに日本にはおらん動物っちゃけど、動物園に見に行けば大概わかるんやなか☞』

 

 ここで友美が、そっと涼子の右耳に耳打ち。

 

「なんも知らんで当然やない☠ こげな人たちって、子供んころから勉強なんちいっちょもせんで、街でブラブラするしか能がなかっちゃけ☢ 言うたら悪かとやけど、本なんちいっちょも読んだことなかっちゃろうねぇ☻」

 

 友美としては、ごくふつうに人の耳元でささやいているつもりであろう。だけれど涼子は幽霊であり、しゃべっている声は友美と孝治以外には誰も聞こえない。だからこの場では、必然的に友美がひとりでしゃべっている状態とは言えないだろうか(この解説も、ある意味耳にタコであろうけど)。

 

 すぐに孝治は右手の人差し指を自分の口の前で立て、これまたそっと小声で、ふたり(友美と涼子)の会話を止めさせた。

 

「しっ、あんましほんとんこつ言うもんやなか♋♞」

 

 それから続けて、さらにそっと忠告。

 

「おれの経験から言うたかて、ああ言った連中に一般社会の常識は通用せんとばい☠ それでも一応陣原家の関係者みたいっちゃけ、ここは一応静かに行こっかね♐」

 

 孝治にしてみれば、自分たちはあくまでも求めに応じて、陣原家を訪問しただけの来客なのだ。だからこの場で揉め事を起こす気など、それこそ毛頭さらさらもなかった。だけど、象――ラリーの足元五メートル以上先で騒いでいる連中は、やはり揉め事そのものが目的であるようだ。

 

「おらおらおらぁ! さっさとそっから降りてこんけぇ!」

 

「ぴっしゃぐられ(筑後弁で『潰され』)てぇかぁ!」

 

「わしらば舐めんやなかぞぉ!」

 

 まさに友美が言ったとおり。『能無し』を実証するかのようなオリジナリティ性皆無の罵声を、辺り一帯にバラ撒きまくっていた。

 

「せ、先輩……どげんします♋☂」

 

 それでもこのようなヤバい状況は、ノミの心臓である裕志にとって、かなり厳しいモノがあるようだ。裕志の背中にかつがれているギターが、体の震えによる振動で、勝手に鳴り出すほどであったから(指も触れていないのに)。その裕志が同じラリーの背中で踏ん反り返っている荒生田に助けを求めるのだが、このサングラス😎戦士は見事、肝っ玉が筋金入りに踏ん張っていた。

 

「下でギャーギャー泣いちょう犬っころなんかほっときんしゃい☆ それよかやっと、門が開くみたいっちゃね♡」

 

「あっ、今ごろばぁよ☠ ほんとにりーさー(沖縄弁で『面倒臭がり』)しやがってぇ♨」

 

 荒生田に言われたからでもないだろうが、ラリーの背中の先頭にいる博美も、門の変化に気がついていた。


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