『剣遊記12』 第三章 陰謀渦巻く公爵家。 (22) 「な、なんの用ばい?」
すぐに貴明が草の上から立ち上がった。すると侍従長は、まるで自分の年齢を思い出したかのように激しく咳き込みながら、用件を若――貴明に慌てた感じで告げた。筑後川でオールヌードになっている博美には、今のところ、まったく気づいていない感じでもあった。
「そ、そのぉ……ごほっ! ち、父上様が呼ばれております、げほっ! げほっ! やけんすぐ屋敷まで戻るようにとのことで、ぐおっほ!」
孝治たちには則松がなにを言っているのか、さっぱりわからなかった。
「友美、わかるけ?」
「う、うう〜ん☠」
それでも貴明には通じたようだった。
「父上からの緊急の呼び出しっちゅうことけ! ずいぶんひさしぶりんこつ気がするばってん、しょんなかばい☁ では孝治さんに友美さん、僕は先に家に戻りますけん☜」
「ああ、わかったっちゃ☺ おれたちゃ夕方までに帰るっちゃね✌」
やや渋々顔になって、侍従長といっしょに河原をあとにしようとする陣原家現当主に、孝治と友美は腰も上げず、軽い返事を戻した。
孝治はいったん、街中にある別の宿屋を貴明から斡旋してもらっていたのだが、市内には不穏分子(東天配下のヤクザ連中)が多いと言う理由で、けっきょく邸内にて寝泊まり――つまり元の木阿弥となっていた。
ただし、ようやく別の部屋が確保できたので、荒生田とは違う天井の下。これに孝治は、ほっと安堵の息を吐いてもいた。
それはとにかく、河原には孝治、友美、涼子の三人だけが残された。
「貴明さんもしんどいやろうねぇ☹ 中央官庁が変な野郎ばよこしたばっかしに、せんでええ苦労ば背負{しょ}わされてしもうてねぇ☠」
「そうっちゃねぇ☁ こげなでたんとんぴんつく(筑豊弁で『ふざけた』)な規則なんち、改められんとやろっか?」
『そこがお役人の、お馬鹿な習性っちゃよ☠ 昔っからの因習ば自分で変えるんが面倒臭かもんやけ、意味んなか習慣や規則っとか、そんまんま継続しちゃうところがやね☠』
「そうっちゃねぇ〜〜☢」
孝治、友美、涼子の三人で、そろってため息混じりの愚痴をつぶやいた。
「で、問題はこれからっちゃね☝」
ひととおり、お役所への悪口は終了。孝治は話題を方向転換させた。
「おれたちの役目は要するに、こん貴族のお家騒動ば未然に防ぐことなんや……っち思うちょったとやけど、実態はどうも違うみたいっちゃねぇ☁ いったい店長はなん考えて、おれたちばここに派遣したとやろっかねぇ♋」
「ほんなこつ、わたしにも店長の考えがわからんちゃよ☹」
今度は自分たちの店長に、孝治と友美の話が及び始めていた。それからさらに、涼子の何気なさそうな質問で、話題はもっと加熱化した。
『ねえ、それと貴明さんってさあ、ここの長男ばいねぇ✍ 他に兄弟はおらんとやろっか?』
「うわっち?」
孝治もすぐ、その話に乗った。
「そげん言うたら聞いてなかっちゃけど……友美はなんか知っちょうけ?」
孝治に訊かれた友美は、頭を縦に振った。
「そげん言えば確か弟さんがおるっち、ここで働いちょう家政婦さんに聞いたっちゃよ✍ でもそん人、なんか戦士の修行ばしようらしくて、今はどこにおるんかもわからんらしいっちゃね☛」
『つまりぃ、家出みたいなもんやろっか?』
「そうっちゃね☆ 騒動ばっかしやりよう貴族ん家に、ほとほと愛想ば尽かしたっちゃろうねぇ☠」
孝治は勝手に断言した。なんだか勝手な話で盛り上がっている感じ。ところがこのとき孝治は、別のある事態に気がついたりした。それは筑後川で水浴びをしているはずの博美とラリーが、なぜか姿を消しているのだ。
「うわっち? 博美さんがおらんばい☞ それにラリーもやね♋」 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |