『剣遊記12』 第三章 陰謀渦巻く公爵家。 (2) 貴明が作り笑顔になって、彼を迎えた。
「やあ、東天……☻」
しかし魔術師のほうは、嫌味な口振りだった。
「若、父上様が病{やまい}に伏せておられるという割には、呑気に邸内をご散歩ですかな?」
「ぐっ……♋」
これで思わずくちびるを噛むところが、貴明のまだまだ青いところと言えるだろう。それを狙っていたのか、東天が口の端をニヤリとさせた。
「まあ、若は今が家業を継ぐ勉強に励まれる大切な時分☻ 父上様の介護などはこの東天に任せて、自身は修行の旅というのも、また一考でござりまするぞ☠」
かく言う東天自身は陣原家に雇われている、一介の顧問役の身分である。それなのに彼のセリフは、実に辛辣剥き出し。これに侍従長である則松が、噛みつかないはずがなかった。
「東天殿っ! それは当家の現当主様に対し、ぞうたんのごつ無礼な発言ですぞ!」
だが魔術師(定番でやっぱり黒衣スタイル)の目線は、どこまでも冷徹そのもの。
「ほほう、この吾輩に、意見を差しはさむおつもりで☠」
もともとからであろう青白い顔と、鳥のくちばしのように尖った鼻のかたちが、鋭い眼光を、さらに陰険に際立たせていた。それでも則松は負けなかった。
「そんとおりばい! いくら陣原家の祈禱に携{たずさ}わっとうとは言え、たび重なる無礼でねまった発言、ぼてくりまわしたいほど許しがたかぁーーっ!」
このとき本心で言えば、則松は陣原家安泰のため、いっそこの場で魔術師を斬り捨ててしまいたかった。だがその刃傷沙汰が世の知るところ――いや、それよりももっと恐ろしい――東西両政府のどちらかの耳に入れば、公爵家がお家断絶の事態にもなりかねないのだ。従って、ここはぐっと奥歯を噛み締め、あしたのためにきょうの屈辱に耐える(現実はあしたなどわからないが、きのうもきょうもで毎日、屈辱に耐えっぱなし)――そのような心境になって、腰の剣を引き抜こうとした右手を、そっと背中へと回す仕草に変えた。
これにて一応は、流血沙汰を免れたところ。しかし東天は、これで決して済まそうとはしなかった。
「この吾輩に未遂とは言え剣を抜くなど、断じて許せぬ行為ですな☠」
酷薄そのもののセリフを侍従長に投げつけ、それから取り巻きであるらしいうしろの三人に振り返って、さらりと目を向けた。
「おまえたちも、そう思うだろ✌」
彼らはすぐに、この場での自分たちの主人に賛同した。
「はい! 見ましたばい♥」
「我々が目撃者やけんねぇ☻」
「すぐ衛兵隊に訴えましょうけ♐」
などと口々に薄ら笑いを浮かべていた。
ところが実際に訴えるとしても、彼らは実は、その方法も手続きも、まったく知らないでいたりする。しかしこれこそ、この手の外道どもの、口ばかりの常とう手段と言えるだろう。
このような手下どもをうしろに控えさせ、東天自身も快心丸出しの笑みを浮かべていた(気色悪っ!)。
「まあ、今回は穏便に済ませておきましょう☻ と言いたいところなんですが、成敗のひとつも行なわないことには、この吾輩の面目が立たないところですな☞」
それから則松に向け、自分の右手の手の平を垂直に立て、差し向ける動作。すると東天の右手からバリバリバリバリッと、強烈な電撃が放射。侍従長の体をビリビリとしびれさせた。
「はあっ!」
「うわあーーっ!」
すぐに貴明が駆けつけ、倒れた侍従長を助け起こした。
「則松っ! 大丈夫け!」
「…………」
現当主よりもずっと年配者である白ヒゲの侍従長は、全身のしびれで、今は口も開けない状態になっていた。
「東天! 貴様ぁっ!」
ところが貴明がいくら憤怒の目で魔術師をにらんでも、当の東天は、まったく涼しい顔付きのまま。
「ご心配なさるな若君、今の電撃波は多少力を弱めて放電しましたので、命に別条などなくすぐに回復いたしますぞ☻ しかし侍従長殿には、少々おきついお薬になりましたかな☠」
この言葉に陣原家の長男は、再びくちびるを噛んで、魔術師から目を伏せるしかなかった。
「ぐっ……♨」
そんな有様である若君に向け、東天の手下どもから、情け容赦のない罵声が浴びせられた。
「へへへっ☠ おめえのような腑抜けなんざ、とっとと旅にでも出ればよかろうが♐」
「そげんこつ、出来の悪かみたもんなか弟みてえにやな☻☻」
「せからしかやけ、さっさとこん久留米から消えたらええんばい✌」
そんなまさに屈辱的な場面の最中だった。今度は屋敷の正門のほうから、番兵の声が轟いた。
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