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『剣遊記12』

第三章 陰謀渦巻く公爵家。

     (1)

 博多県中部、筑後地方最大の大型都市――久留米市を統括する役目を仰せつかっている公爵家の前当主――陣原{じんのはる}氏は、現在隠居の身となっていた。しかし、これが理由とは言えないだろうけど、もう何日もの間、屋敷の奥の自室で、こもりっきりの日々を送ってもいた。

 

「父上が事実上、表舞台から離れて、早や三年にもなるばってん……医者にかかる日が、このごろよう続くばい☁ それば考えてばっかりやったら、気が重うなるばっかりやなぁ……☃」

 

 などとポツリとつぶやいて、陣原家宮殿の廊下にて、深いため息をこぼした者。現在当主の地位に就いている、長男の貴明{たかあき}氏。その深いため息の理由は、ほとんど半身不随に近い状態で引退を余儀なくされた父に代わって久留米市の統括業務をこなすには、彼はまだまだ若過ぎる――と言う要因があるからだ。

 

 このような状況なので、当然彼の周囲には、熟練の補佐役が付いていた。

 

「若、そげんな後ろ向きなお気持ちになってもしょんなかですぞ☁ 若がそげんではお家だけやのうて、こん久留米市そんものにも先行き不安というものができてしまいますばってん……☁」

 

「そ、それは……確かにそうばってんやが……☂」

 

 貴明の補佐役――侍従長である則松{のりまつ}の言葉に、若が深くうなずいた。則松は彼なりに、若い当主を元気付けようとしているのだが、彼自身は少々頭が堅め。そんなところが難点とも言える人物だった。だからいくら貴明に『もっとがまだしんしゃいよ✌』と励ましているつもりであっても、これでは逆に、重荷を実感させているような感じであるからして。

 

「そ、そりゃ確かに僕が暗か顔ばしとったら、きっとそればおうちゃっかして喜ぶ連中がおるっちゅうこともわかるとばい☠ やけんしょんなかっち思うとばってん、そいつらに隙ば見せんようにせんといけんちゃなか♐」

 

「しっ! 若……そん喜ぶかもしれん、しかとんなか連中が来ましたばってん☢」

 

 貴明のせつないつぶやきが続いているところで、則松が通路の奥を横目でにらみながら、そっと耳元に忠告した。

 

「……わかっとうげな☠」

 

 若――貴明がうなずきを返すと、問題である通路の奥のほうから、陣原家お召しかかえ魔術師――その名も東天{とうてん}が参上した。

 

 なぜか三人の取り巻きを引き連れて。


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