前のページへ     トップに戻る     次のページへ


『剣遊記12』

第三章 陰謀渦巻く公爵家。

     (19)

 陣原家に派遣のかたちで来てはみたものの、実際のところ、孝治たちにすぐ行なうべき仕事はなかった。そんなまったりとした状態のところへ、現当主の貴明が勧めてくれた。

 

「こっから筑後川まで、そげん遠くありませんけ、気晴らしに散歩でもされてはいかがでしょう☀ なんでしたらこん僕が、ご案内ばいたしますばいね✈」

 

 その言葉に甘えさせていただき、孝治たち一行は筑後川中流の河畔まで、気楽にハイキングとしゃれ込んだ。

 

 それから当然、象のラリーも同伴させた。その様子を陣原家宮殿五階の望楼から、魔術師の東天が眺めていた。それも忌々しげな目線でもって。

 

「まったく大したご身分だな☠ 派遣されて来ながら、自分たちはのんびりとお遊びとはな☠」

 

「で、先生、これからどげんしますけ?」

 

 東天のうしろでは、配下の利不具が揉み手をして、魔術師の指示を待っていた。東天は自分の配下たちに、おのれを『先生』と呼ばせているのだ。

 

「こん前は急に象なんち怪物が出たもんやけ、なんかこっちの出鼻がくじかれた感じになったとですが、もうあの鼻の長げえやつにも目が慣れましたけ、途中で逃げるなんちことはしませんばい☆」

 

 すぐに東天は振り返り、利不具に応えた。

 

「当ったり前じゃ! こん馬鹿チンどもがぁ!」

 

「ひっ!」

 

 東天が利不具に怒声で返したので、やはり同じ望楼にいる半袖シャツの阿羽痴が、首を亀のように引っ込めた。こいつは別に、ワートータス{亀人間}というわけでもないのだが。

 

 そのような滑稽な様子など、もちろん我関せず。東天がつぶやいた。

 

「それにしても腑に落ちんのは、陣原のじじいがどうして今になって急に、あんな未来亭とやらの連中なんぞを呼んだと言うことだが……やはり吾輩に対する当てつけなのか?」

 

 東天は自分自身の陣原家における立場を、やはり自分自身でよく理解していた。だからこそ今回の戦士派遣が気になって仕方がなかった。つまり単純に考えれば、これは吾輩を陣原家から追放しようという、ある種の策謀ではないだろうか――とも思えてくるのだ。

 

 そもそも自分が仕えている主人を『じじい』などと、配下の前だけとはいえ、平然と言ってのけるような男である。それが本性なので、当主を影で蔑視するなど、まったく平気の平左と言えるだろう。

 

「……こうなればそのお遊びとやらに、吾輩らも参加させてもらおうぞ✈」

 

「はあ? そりゃまた、ど、どげん風の吹き回しですけ?」

 

 ここでいきなり東天が言い出したセリフで、利不具は最初、頭の上に何個もの『?』を旋回させた。だけど、もともと勘のにぶい、頭が低性能の輩である。これくらいの反応など百も承知の東天は、もはや腹が立つ気にもなっていなかった。それどころか、ただ淡々と告げるだけ。

 

「吾輩がやつらに豪勢な歓迎をしてやって、さっさとお帰り願ってくれるわ☠ おまえたちもついて来い✈」

 

「は、はあ……☁」

 

 ストレートではなく遠回しな言い方では、やはりこの男たち(利不具や阿羽痴ども)に、自分の本意を悟らせることは無理。もっともこのような連中であるからこそ、エサで誘って自由に扱える部下として、真に最適な存在なのだ。

 

 とにかく便利に使用できる肉体さえあれば良し。考えたり疑ったりできる頭など、まさしく無用の長物と言えるだろう。


前のページへ     トップに戻る     次のページへ


(C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system