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『剣遊記12』

第三章 陰謀渦巻く公爵家。

     (18)

「行っちゃったばい……♋」

 

 ポツンと取り残された孝治たち。

 

『あのふたり……案外気が合{お}うたりしてからねぇ☻☛』

 

 涼子もポツリとささやいた。孝治の右横で突っ立ったまま。しかし実際、今の現場では、もっと重大で深刻な問題が発生していた。

 

「それで……この象のラリーば、どげんしたらよかかしら? 博美さん、置いてっちゃったけど♋」

 

「うわっち!」

 

 友美が指摘をしたとおり、博美は街のド真ん中に、相棒であるはずの象のラリーを放置したまま。さらに手綱をいつの間にか、孝治に握らせていた。

 

「うわっち! いつおれに任されたとやぁ?」

 

「ちょっと、こっちん話も聞いてくれんねぇ……☃」

 

 そこへラリーの背中に乗ったままでいる裕志が、いつの間にか青い顔になって、孝治たちに声をかけてきた。裕志自身はラリーの背中からひとりで降りられなくて、先ほどからずっと上に跨ったまま。ギターの演奏を一応止めたとたん、元の臆病風邪が再発したらしかった。

 

 『酔い』ではなく、こちらのほうか。

 

「ねえ、孝治ぃ……もう帰ろうよぉ☁ だんだん人が集まりようみたいっちゃけぇ……☂」

 

「うわっち!」

 

 裕志に言われて見れば確かに、街中での象の出現が珍しいのか(当たり前過ぎ)、大勢の野次馬が孝治たちやラリーの周囲を取り囲んでいた。

 

 こんな調子であるものだから、久留米市の衛兵隊も、すぐに駆けつけてきた。

 

「君たちぃ〜〜、困るんばいねぇ☁☠ 街ん中で象ば散歩させちゃいかんやろうもぉ☢ さっさと連れて帰りんしゃい♐」

 

 まるで駐車違反を軽く注意するかのごとく、交通ルールに則って――ついでに少々間が抜け気味の忠告を言ってくれた。

 

 しかし孝治としても、象の手綱牽きは、生まれて初めての経験。それでも今さら、『おれには出来ましぇん!』とは言えなかった。

 

「は、はい……わっかりました! どうもすんましぇん……☂」

 

 それから馬とはまったく比較にならないラリーの手綱を無理矢理で引っ張って、なんとか陣原家への帰路へと向かわせた。

 

「頼むっちゃけ、ラリーちゃん☹ うまく動いてぇ〜〜ちょだい! っちゃね☛」

 

 だけど博美の日頃の躾{しつけ}が、よほど良いのであろう。ラリーはおとなしく、孝治に従ってくれた。それはそれで良い話なのだが、やはり相手は馬と比べて、桁外れに巨大なシロモノだった。

 

「ほんなこつ頼むけん、もっと早よ進んでくれっちゃねぇ〜〜☠」

 

 象への指図など、素人に完ぺきにこなせるはずがなかった。そのため陣原家に帰り着いた時刻は、けっきょく明け方近くとなっていた。

 

「先輩の野郎ぉ〜〜☠」

 

 孝治の胸に怨念が渦巻く話の展開も、これまたけっきょく、いつもの話か。

 

 忘れていたけど裕志は、とうとうラリーから降りられないまんま。


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