『剣遊記12』 第三章 陰謀渦巻く公爵家。 (17) とまあ、それはとにかく、突然現われた巨象の雄姿。これには居並ぶヤクザ連中も、思いっきり度肝を抜かれたらしかった。
「またこいつけぇ……☠♋」
「あ、兄貴ぃ……どげんしますぅ?」
「こ、こ、こげな怪物相手なんち、ケンカにもならんばってんねぇ……☠」
いまだ象に対する無知を曝け出しながら、彼らの口ぶりも両足も、見事ガタガタと震えていた。
「せからしかぁ! きょうんとこは引き揚げばい!」
兄貴分である阿羽痴もけっきょく舌打ちしながら、ここは逃げるが得策と踏んだようだ。彼らにも一応の、考える頭というモノがあるらしい。孝治やラリーたちから踵を返し、夜の街へと消えていった。
「ふぅ……なんかようわからんとやけど、一応助かったみたいっちゃねぇ✌」
とりあえず窮地から逃れられた孝治は、ここで安堵の息を吐いた。
「で、あったーらほんとにいったい、ぬーやが(沖縄弁で『なんだ』)?」
そんなところで、自分では意識せずであろうが。偶然にして孝治の救世主になってくれた博美が、瞳をキョトンとさせて尋ねかけてきた。しかし今の孝治に答えられる材料は、とても少ないものだった。
「実はぁ……おれもようわからんちゃけど、おれが思うに東天って魔術師の差し金っち思うっちゃよ✍ きっとおれたちが邪魔なもんやけ、嫌がらせば繰り返すつもりっちゃね♋」
「なぬ? とうてんやて?」
今の孝治の話を聞いたらしい荒生田が(すでにラリーの背中から降りていた。かなり高いはずだが)、ふたりの会話に口をはさんできた。
「そげな魔術師っちおったっけ? まあ、どうせ大したこつねえ野郎なんやろうけどな☻ そうっちゃろ、そこにもおる、やっぱ大したこつなか魔術師さんよぉ☠」
「あのぉ……それっち、ぼくんことですけぇ……?」
今もラリーの背中にいる裕志のつぶやきは、この際無視。それよりもサングラスの戦士は、早くも隠れた得意技(特に隠していないとも言える)のひとつである、見事な鳥頭を発揮していた。それは陣原家の魔術師である東天の名が、荒生田の頭にまったく出てこないようであるからだ。
きょうの昼間、陣原家で会ったばかりだというのに。
そんな先輩後輩に、孝治はもはや構わなかった。
「でもぉ……今んところ、東天が黒幕っちゅう証拠もなかけんねぇ……もっと証拠ばそろってからでないと……☂」
孝治は慎重な口ぶりで博美たちに言うのだが、これにも荒生田がしゃしゃり出た。
「なんかようわからんちゃけど、そげな証拠なんち、こっちが無理して捜し出すこともなかっちゃろうも✌ 孝治が言いようセリフによれば、黙っちょけばまたあちらさんからチョッカイばかけてくるもんやけねぇ☚ これはオレの長きに渡る、戦士生活二十五年における勘なんやけどな☭ とにかくオレたちは、それば待っときゃよかっちゃけね☀」
「先輩……二十五歳以下じゃん☠」
孝治のツッコミは無視された。
「いっぺーじょーとーなこと言うじゃーん♡ やーはでーじ、男らしいってもんだからよー☺」
ところがそんな荒生田の大言に、博美が妙な好感を抱き始めている様子でいた。
「しゃにおれが思うに、男ってのはてーげーに動いてねえで、やーはドカンと腰を据えて、あったーらの出方を待ってるほうがいいぐてーの絵になってるってもんだわけさー☀ なんかじょーとーなやーに惚れそうやっしー?♥」
「ぬははははっ♡ 惚れられることに関したかて、オレは天下一品の男やけねぇ☀☆」
こうして荒生田と博美のふたり。なぜだか肩を並べ合い、夜の久留米の街へと消えていった。
先ほどのヤクザ連中とは、別の方向へ。 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |