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『剣遊記12』

第三章 陰謀渦巻く公爵家。

     (16)

 そんな最中に恒例過ぎ。

 

 いずこともなく聴こえてくる、ポロロォ〜〜ン ポロロォ〜〜ンと澄んだ、ギターの音色。

 

「な、なんや?」

 

「誰が弾きよっとや?」

 

 単細胞頭に血を昇らせていた、ヤクザ連中であった。それが突然鳴り響いたギターの音に全員聞き耳を立て、周囲をキョロキョロと見回した。

 

「うわっち?」

 

 もちろん孝治の耳にも、その音と曲は入っていた。おまけにこのギターの音がある意味、すっかり耳にタコなことも思い出していた。

 

「……久留米まで来て、路上ライブばやりよんやろっかねぇ?」

 

 確かに孝治の思い当たる人物であれば、大好きなギター演奏を、場所を選ばずにどこでもやるだろう。ただ孝治にとって、この演奏がずいぶんと都合の良いときを狙って聴こえてきたことが、これはこれで非常に気に懸かるところであるが。

 

「兄貴ぃ! うしろんほうから聴こえてきようばい!」

 

「ぬわにぃ!」

 

 別に浮き足立つほどでもないらしいが、連中のひとり――黄色いシャツのパンチパーマ頭が阿羽痴の右肩を左手で叩き、右手で後方を指差していた。それにつられて孝治も、同じ方向に瞳を向けた。

 

「うわっち!」

 

 ここで先ほどの阿羽痴の入れ墨など、まるで問題にならないほど。孝治は驚き桃の木の声を上げてしまった。なにしろ瞳の前に現われた新たな話の展開が、予想よりも遥かに奇想天外な出来事であったものだから。

 

「や、やっぱ裕志って……どこでギターば弾きよっとねぇ!」

 

「やあ、孝治☆」

 

 孝治はいつものパターンで驚いて、往来のド真ん中で飛び上がった。そんな孝治とは対照的。名指しをされた裕志は、半分得意げ――ついでに半分緊張気味な面持ちながら、そこでギターを弾いていた。

 

 『そこ』とは象――ラリーの背中の上。

 

「先輩がやれっち言うもんやけ、ラリーに乗って街中でギターば弾いちょんやけど、これってけっこう気持ちええっちゃよ♡ 孝治も乗ってみんね♡」

 

 気分が上々でいるときは、いつもの乗り物酔いも関係ないようだ。

 

「ゆおーーっし! そんとおりっちゃあ☀」

 

 そんな裕志の背後には当然、サングラス😎の変態戦士もいた。また無論、ラリーの主人である博美もいっしょにいるのだが、彼女自身は象には乗っておらず、路上にて右手で手綱を牽いていた。

 

「孝治、やーはこんなとこでぬーすが(沖縄弁で『なにしてる』)?」

 

 街道や昼間の大通りならばともかく、夜近い歓楽街で象を闊歩させる行為は、さすがに危ないと思っているのだろう。

 

 博美も一応、常識人の範疇でいたようだ。

 

 でもって常識人とは思えない荒生田が、大きな声で吠え立てた。

 

「オレの発案でラリーの行進ばさせよんやけどなぁ、これってでたん気持ちん良かばぁい☆ 孝治もここに乗ってこんね☀」

 

「あんねぇ……先輩☠」

 

 孝治の頭に、当たり前ではあるが頭痛が走った。このアホ――サングラス戦士はいついかなる場合でも、常におのれの自己顕示欲こそが、行動力の最大の源であるのだ。


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