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『剣遊記12』

第三章 陰謀渦巻く公爵家。

     (15)

「おうよ!☆」

 

 ごくふつうに出た孝治からの問い掛けに、阿羽痴がこれまた、得意満面そうなニヤケ顔で応じてくれた。

 

 本人はこれで女戦士――孝治を威嚇しているつもりでいるらしかった。

 

「九州の男やったら、こんくれえ彫ってねえと、いっちょ前とは言えんけねぇ♡ どうや、ねーちゃん、えずかろうが☻」

 

「確かにえずかやけどぉ……☁」

 

 今の気持ちに偽りはなかった。だが孝治はむしろ半分驚き、もう半分は本当に珍しいUMA{未確認動物}を目撃したような気分になって、阿羽痴の背中を眺めてやった。

 

 その彼の背中には、なにやら翼を伸ばしたドラゴン{竜}の絵が彫ってあった。だけど問題は題材よりも、別の方面にあった。

 

「あんたの入れ墨……色がなかっちゃねぇ♋ これってお子様のぬり絵け?」

 

 孝治はズバリと指摘してやった。それもそのはず、阿羽痴の背中のドラゴンは、まったく色無しの線でしか描かれていないのだ。これでは迫力など、まるで皆無というものだ。

 

「せ、せからしかぁ!」

 

 孝治の指摘に当の本人が、顔面を真っ赤にしていた。威嚇のつもりが的を外れており、かえって恥の上塗りとなったことを後悔しているのだろうか。

 

「い、入れ墨に色まで入れるんは、ぞうたんのごつ痛えんばい! 嘘やっち思うとやったら、ねーちゃんもいっぺん入れてみたらどげんやぁ!」

 

 もはや脅しですらなく、単なる言い訳そのもの。

 

「あんねぇ……♋」

 

 もともとヤクザなる人種など、まさに原始人(注 これも差別語の一種になります⚠)以下だと思っていた。しかし、ここまで真正の大馬鹿だったとは、正直孝治も信じられない気持ちでいっぱいとなった。だからこうなると、我ながら止めたほうがよか――とは思うのだけど、すぐ調子に乗る悪い癖を、孝治はしっかり自覚していた。

 

 実際そのとおりにやってしまうのだが。

 

「そんじゃあ、そん背中のドラゴンみたいなんに、おれがあんたの血で色ば着けてやるっちゃね☠ こげん見えたかてこんおれは、美術の成績がけっこう良かったんやけねぇ☻ 過去形で言うっちゃけど☻」

 

「なんやと、こん女ぁーーっ!」

 

 孝治のわざとらしい挑発的セリフで、阿羽痴たちヤクザ連中が、完全にイキり立つ結果となった。無論孝治のほうは腹を決め済みであるから、やる気は一応満々ともいえた。だけど友美は、少々心配の顔をしていた。

 

「あ〜あ、またやっちゃったばい☠ 孝治ったらほんなこつ、ついケンカ相手に挑戦的なこつ言うとが、止まらんこつなっちゃうとよねぇ☻ こげんなったらわたしたちかて、本気で手助けばしちゃらないけんみたいっちゃよ☺」

 

 もちろん涼子のほうは、すでに大乗り気でいるようだった。

 

『そん性格って、犯罪被害者にけっこう多いっち話やねぇ☛ やめときゃよかとに反抗的態度ば取って、敵ばよけいに怒らせちゃうタイプってね☻ 無論やけどあたしかて、ポルターガイストで協力したげるっちゃけん☀』

 

 とっくに傍観者の立場を返上。得意技の発動準備に取り掛かっていた。具体的にどのような準備なのかは、まるでわからないのだが。


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