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『剣遊記12』

第三章 陰謀渦巻く公爵家。

     (13)

「おめえ、こん久留米にどげんしたっちゃおりたいとやったら、おれたちに対する礼儀っちゅうもん、ほんなこつ忘れたらいけんのやけね☢」

 

 この阿羽痴を始め、本当にしつこい連中であった。それも一度取り憑いた獲物{カモ}には、もう絶対に喰い付いて離さないといった、ある種の屈折しきった執念すらも感じられた。

 

「ほんなこつおれが本気になったら、こげな連中わけもなかっちゃけどねぇ☠」

 

 確かにそれなりの剣の修行で鍛えた孝治の腕を持ってすれば、目の前にいるヤクザ連中など、まるで問題にならない雑魚ばかりであろう。しかしそれだと、絶対にあとで別の問題が発生する展開となるに違いない。陣原家や、それからなによりも未来亭自体に、大きな迷惑をかける――という大問題が。

 

「さて、こげな場合、どげんやってこん難局ば切り抜けられるやろっか……やけどねぇ……☁」

 

 これはあまり、戦士らしい悩みとは言えなかった。そんなうしろ向き思考でいる孝治の目に、この場で同行こそしているが、いつものとおり誰からも存在が認識されていない幽霊――涼子の(真っ裸)姿が写った。

 

「やっぱしこげな場合、涼子のポルターガイスト{騒霊現象}しかなかっちゃろうねぇ〜〜☢」

 

 今や恒例となった感もあった。しかし涼子の霊力で危機一髪を乗り切った経験豊富な孝治の考える先は、やはりいつもの作戦に尽きていた。けれど、いくらお互い以心伝心の間柄とはいえ、伝えたい策はやはり、口に出して言わないといけなかった。

 

「……そげんなったら今ここやとしゃべりにくいけん、どげんしておれん考えば、涼子に伝えたらよかっちゃかねぇ〜〜☁」

 

 確かに涼子との付き合いも長くはなるが、目配せ程度で会話が成り立つほど、ムシの良い関係までは到っていないのだ。

 

 そんな感じで、孝治はすっかり進退窮まっていた。そこへ馬鹿ヤクザのひとりが、腹の内が見え見えな、甘いお誘いをかけてきた。

 

「ねーちゃんよぉ、こん際おれたちとおトモダチになったほうが、あとあといろいろ、せからしかこつならんけええっち思うばい☻」

 

「ねーちゃん?♋」

 

 孝治は初め、このセリフに瞳を剥いた。とりあえずその辺の心境は脇に置き、彼らのこれまた常とう手段に現在の状況も棚に上げて、内心で思わずの苦笑を思い浮かべた。

 

(ほぉらね、おいでなすったばい☠)

 

 今の世の中で『トモダチ』ほど、性質{たち}の悪い単語も無いだろう。なぜなら自分から『トモダチ』などと称して近づいてくる輩など、大抵が『たかり』や『単に人を利用するだけ』が目的の卑劣漢である場合が多いからだ。そのため今では、世間一般から最も忌み嫌われている語句のひとつとなっている。

 

 つまり、ここにいる『自称トモダチ』なる連中も、一度相手にしたが最後、それこそ骨の髄までしゃぶり尽くされ、彼らにとっての商品価値がなくなった時点で、あとはポイ捨てされるに決まっていた。

 

 その辺の事情がわかり過ぎていたので、すでに孝治の返答も決定していた。

 

「遠慮しとくっちゃ✄」


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