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『剣遊記12』

第三章 陰謀渦巻く公爵家。

     (12)

「な、なんねぇ……あんたたちけぇ☠」

 

 孝治としては、たとえ袖{そで}触れ合うだけでも、その時点でもう二度と会いたくなくなるような顔ばかり。よくある迷惑ヤクザに、しつこく付きまとわれる事態である。

 

「おれとあんたらは仕事以外になんの関係もなかけ、街ん中じゃお互い知らん顔の関係でおったほうがええんとちゃうんね☠」

 

 それこそ、これ以上の因縁を御免被りたい孝治であった。ところがどっこい、一度取り憑いたヤクザ連中は、そうそう簡単には引いてくれない性質なのだ。

 

「関係なかやとぉ? そげなことが言える身分やっち思うとうとけぇ!」

 

 まさにヤクザの定番――またはワンパターン。相手を萎縮させるつもりで、おのれの汚ない顔を孝治に寄せた男は、昼間一番になってわめき立てていた、あの半そでシャツの野郎だった。

 

「てめえっ! 陣原家になんば呼ばれてこん久留米に来たかは知らんばってん、でたんでけえ顔ばすんやなかぞぉ!」

 

(でたんデカくてばっちいのは、馬鹿丸出しなあんたのほうやろ☠)

 

 孝治は声には出さずに毒づいてやった。このように低能で、訳のわからない戯言{ざれごと}ばかりほざくヤクザ者ほど、この世で一番世話を焼かせる人種もないだろう。これでも地元の北九州市で、同じような手合いと何回かイザコザを起こした経験のある孝治は、なかば本気で腰の剣に手を触れかけていた。

 

(一発、ガツンっちブチかましちゃろうかねぇ☠)

 

 どうせ相手は、ふだんから博打ばかりにうつつを抜かし、口で偉そうにはしゃぐ割には、ケンカのひとつも実績のないような連中なのだ。ただ、人ば怖がらせる口先技術だけが異常に発達しちょうけ、それがこいつらの唯一の得意技やろうねぇ☠――と、そこまで孝治は、口に出さないように考えていた。

 

 そこへ(元男である)女戦士の隙を狙っていたのか、取り巻きヤクザのひとりが、孝治の左手をいきなり勝手につかんで、ポクッと自分の頭を殴らせる猿芝居をしてくれた。

 

「うわっち?」

 

「いてっ! やられたぁ!」

 

 これこそ下等な連中が、よく使う常とう手段であろう。

 

「みんな見たけ! こいつがオレばしばきやがったばい!」

 

「おう! 見た見た!」

 

「暴力や暴力や!」

 

「阿羽痴{あぱち}の兄貴も見ましたばいねぇ!」

 

「おう、見てやったばい!」

 

 阿羽痴ちという馬鹿男が、半そでシャツの名前らしい。まあ、どうでもけっこうな本名であるが。それよりも『やられたっちゃねぇ〜〜☠』の思いになって、孝治は内心歯噛みを繰り返した。

 

 もちろんこのような三文芝居。たとえこいつらが本当に衛兵隊に告げ口をしたところで、まったく相手にされないだろうは目に見えていた。しかし気の弱い一般市民であれば、ただでさえ恐ろしい連中から取り囲まれているうえ、まさか自分が逮捕されるのでは――という恐怖感も手伝って、けっきょく彼らに降参する場合が多いのだ。

 

「こげんなったら、いっちょやっちゃるけ♨」

 

 無論孝治は、本職の戦士である。この場で本気になって剣を抜けば、このような口先ばかりの外道どもなど、たちまちのうちに粉砕するだろう。ところがこの危ない空気を、友美が察してくれたようだ。すぐに孝治の右耳に口を寄せ、そっとささやいてくれた。

 

「わかっちょう、孝治、こいつらの目的は見え見えやっちゅうこと✍ わざとわたしらに騒動ば起こさせて、不祥事でこん久留米から追い出そうっちしよんばい☛」

 

「わかっちょうって☝」

 

 友美に負けている事実は認識しているが、孝治とて自分を馬鹿だとは思っていない。自分たちを追い出そうとするのがこいつらの本来の目的など、孝治にもだいたいの察知はついていた。

 

 大方、あの東天とやらの差し金であろう。陣原家に取り憑いている魔術師が、おのれにとって招かれざる客である孝治たちを、早くも追放しようと画策を始めたようだ。

 

「そげんやったらそれで……けっこうむずかしゅうなるっちゃねぇ〜〜☁」

 

 連中がもはや人間語すらかなぐり捨て、ギャーギャーとわめき立てている前だった。孝治は抜きかけた剣を、鞘に戻してつぶやいた。

 

「こいつら蹴散らすんは簡単ちゃけど、そげんなったら店長から請けた仕事が果たせんこつなるっちゃねぇ〜〜☠ さて、どげんしたらええもんやら……☃」


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