『剣遊記V』 第六章 これにて一件落着。 (9) (あ〜あ、やっと一件落着けぇ〜〜♠♣)
未来亭中庭――それも例の地下道入り口近くにある木製のベンチで寝そべり、捕り物帳を高見の見物とシャレ込んでいた三毛猫――涼子は、ここで大きなアクビを連発していた。
そのついでに天を見上げれば、東の空が、かなり明るくなり始めていた。
けっきょく、きのうの晩から今朝にかけて、涼子は見事に貫徹。幽霊に睡眠は不要であるが、借り物とはいえ肉体があると、ひさしぶりに眠気というモノを感じてしまう。
ちなみに涼子はワーラットを失神させた以外、特に活躍のできる場面はなかった。亀打保が捕まるシーンも、とどのつまり見物だけであったし。
そんな涼子に頭上から話しかける、少々立腹気味の声。
「涼子ったらぁ、こげなとこにおったっちゃね! 猫に乗り移ってんのはわかっとんやけね!」
「にゃん(えっ)?」
三毛猫――涼子は、再び顔を上げた。すると目の前に友美がいた。ただし友美は立腹と同時に、眠たそうな顔にもなっていた。
その友美がまぶたを右手でこすりながら、長々と説教を始めだした。
「涼子ったらぁ、途中でおらんようになってからあと、孝治とわたしでどげん苦労したか、わかっとうと? 涼子かて幽霊なりに、いろいろ協力できることあったとでしょ!」
『ざぁ〜ん念でした!』
三毛猫の体からすっと抜け出て、涼子は友美に反撃した。
『友美ちゃんは知らんとでしょうけど、あたしかて立派にワーラット退治にひと役買ったんやけねぇ☀』
「ワーラット退治ぃ?」
友美の瞳が点になった。それを見ると涼子は、逆に気分が高揚した。
『そうっちゃけ✌ やけんあたしは、こん猫に取り憑いとったと……あら? 猫がおらんようなっとう……?』
涼子が右手で指差し、友美に自慢をしようとしたところで、なぜかベンチにいるはずの三毛猫――朋子が消えていた。だけどその謎は、すぐに友美が教えてくれた。
「猫やったら涼子が抜けてすぐ、どっか行っちゃったばい♐」
『えっ? そうやったと?』
今度は涼子のほうが、瞳が点になる思いだった。そのため涼子は、猫の正体がワーキャットの朋子である真相を、友美に言いそびれてしまった。
(こりゃほんとんこつ言うたら、また友美ちゃんが怒るかもしれんねぇ☠)
さらになぜ、朋子が急に消えた原因も、ついでに考えてみた。
(もしかして……今まで取り憑いちょったあたしが抜けたんで、そのまんま自分ん家{ち}に帰っちゃったんかもね……たぶんきっとそうばい☆)
これが手前勝手な推測であることは、やはり百も承知。それよりもともと、事件が解決をすれば、元に戻してあげるつもりでいたのだ。むしろこれはこれで、手間が省けたわけでもある。だから涼子は、これ以上三毛猫――朋子の行方を、一切気にしなかった。
早い話が無責任。だが猫の問題よりも涼子は、ポッカリと開いたままになっている地下の出口からまたぞろぞろと、新たに出てきた一団のほうに、大きな興味をそそられた。
『あら? あん人たち……知らん人たちっちゃねぇ☞』
不思議に思って大きく瞳を開く涼子の耳に、とても天真爛漫そうな声まで聞こえてきた。
「はぁぁい! 皆さぁぁぁん! ここがぁ地上さんへのぉお出口さんですのでぇ、足元さんにぃ気をつけてくださいですうぅぅぅ♡」
この声はまさに、千夏そのもの。ところが千夏より前に続々と地上に出た者たちは、なぜかそろいもそろって背が低かった。それはあとから地上に出てきた千夏と比べても、身長が肩の高さくらいしかないのだ。
すぐに涼子は新登場した一団を右手で指差し、友美に尋ねた。
『ねえ、ねえ、あん人たち、なんね?』
これに友美が、目線を一団のほうに移し変えて答えた。
すぐに友美が答えた。
「あん人たちは怪盗団の連中に捕まって、奴隷にされとったゴブリン族の人たちやて☞ 美奈子さんと千秋ちゃんと千夏ちゃんと、そしてわたしで助けてあげたと♡」
『ふぅ〜ん、そげなこともあってたんやねぇ♐ あたしの知らんところで、もうひとつの事件もありよったっちゃね♠』
そんな友美と涼子のふたりが見ている前だった。おぼつかない足取りのゴブリン族が、およそ十五人。いかにもうれしそうな顔をして、地上の土を踏み締めていた。
恐らく奴隷状態からの解放を、足踏みで実感しているのだろう。そんなゴブリンたちのあとから最後に出てきたふたりが、当の美奈子と千秋。美奈子は白コブラから人の姿に戻っており、黒い魔術師専用の衣装を着用していた。これはきっと、千秋が美奈子のために、用意をしていたに違いない。
その美奈子が言った。
「さあ、ゴブリンの皆はん、もう安心しておくれでやす♡ あなたたちを脅かす悪人はんは、みんな捕まってしまいましたよってに✌」
どうやら正義を貫いたような気分でいるらしい。美奈子の表情には、なんだか高揚の極みみたいな余裕が感じられた。
実際ワーラットを退治したとき、猫とコブラの動物同士(?)で美奈子とバッタリ顔を合わせていた涼子であった。しかし美奈子のほうはその事実を、たぶん永遠に知らないままとなるだろう。
『……それであんとき、美奈子さんがさっさと行ってしまったっちゃね✍ 捕まっとるゴブリン族ば助けるためにやね✌』
「えっ? まだなんかあったと?」
ここで自分のほうに振り向いた友美に、涼子はくすっと微笑みで返してやった。
『まあね♡ 話せば長くなるとやけ、いつかゆっくり教えてあげるけね♡』
「相変わらず意地ん悪か幽霊やけねぇ♥」
友美はほっぺたをふくらませながらも、涼子の右耳にそっとささやきかけた。
「まあええわ♪ それじゃわたしが先に、涼子が喜ぶことば言ったげるけ♥」
『えっ? なんなの、それって?』
今度は涼子のほうが、幽体を乗り出す番となった。友美はこれに、『わたしはあなたと違ごうて親切なんやけね♥』とでも言いたげな顔をして、もったいぶらずに答えてくれた。
「涼子の絵があったとよ☆ 盗品倉庫にしっかり保管されとったと☀」
『それってほんなこつ! やったぁーーっ!』
たったこれだけで、涼子は歓喜の極み。それから友美の話をお終いまで聞かず、一目散に地下道の入り口へと、再び飛び込んだ。
「あっ! 涼子ったらぁーーっ! わたしが案内せんと、絵がどこにあるかわからんでしょーーっ!」
友美も慌てて、あとから地下道に飛び込んだ。
結果、ふたりはまたもや地下の迷宮で、見事迷子になってしまったわけ。
めでたし、めでたし。 (C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |