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『剣遊記V』

第六章 これにて一件落着。

     (8)

 同時刻、未来亭店長の黒崎氏は、現在開店前の業務開始以前にも関わらず、店長執務室にひとりで在室していた。

 

 秘書の勝美でさえ、まだ出勤をしていない――というのに。

 

 まあ確かに、黒崎の早朝勤務など、日常の話ではある。しかし、まだ陽{ひ}も昇らないうちから仕事に打ち込んでいる姿は、やはりとても珍しい――といえた。

 

 だけど、特に重要書類などを扱っている――という様子はなし。それよりも黒崎は、待っていた。ある人物からの報告を。

 

「終わったようだがね」

 

 黒崎は、その人物の来室に気がついた。次の瞬間にはすでに、机の真正面にひとりの男が存在していた。

 

 それもドアが開けられた――などの気配は、まったく皆無。少し書類に視線を落としたとき、まるで初めから黒崎の前にいたかのごとく、男が自然と直立不動の態勢を取っていた。

 

「遅くなり申して真に相済まぬでござる。然{しか}るに仰{おお}せ仕{つかまつ}った御役目、万事是{これ}無事にて終了奉{たてまつ}るでござる」

 

 その人物は、まるで暗闇から現出をしたような、全身――頭から足先まで――を黒尽くめ(正しくは茶色混じり)の装束で包んだ男だった。だが黒崎は、男の素情をすでに知り尽くしているかのように、簡素な態度で応えるのみでいた。

 

「ご苦労だったがや。では、報告を聞かせてもらうがや」


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