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『剣遊記V』

第六章 これにて一件落着。

     (10)

 朝日が閉じているはずのまぶたを通して、直接瞳に差してきた。

 

「ううん……朝けぇ……?」

 

 未来亭の給仕係――朋子の目覚めであった。でも、ちょっと変。

 

「ん? にゃ、にゃんにゃのぉ……?」

 

 なんだかいつもと違う肌の感触に違和感を抱きながら、朋子はかぶっていた毛布を跳ね除けて、起き上がろうとした――のだが、なぜかその毛布が無かった。

 

「……あにぇ?」

 

 いや、毛布どころか、温かいベッドすら存在していなかった。

 

それだけではない。冷たい地面の肌触りが、直に背中に当たっていた。

 

「ええっ!」

 

 これにて朋子の意識が、一気に覚醒。裸で寝る習慣は毎度であるが、現在の居場所は、自分の寝室ではなかったのだ。それも記憶に間違いがなければ、ここは未来亭にほど近い、近所の公園だった。

 

 朋子はその公園の青い芝生{しばふ}の上、一糸もまとわぬ格好で、眠りから覚めたのである。

 

「や、やだにゃあ! あたしって寝とう間にここまで来ちゃったとぉ? これってもしかして夢遊病にゃん?」

 

 自分で自分の頭をポカポカと叩きながら、昨夜の出来事を必死になって思い出そうとする朋子。ついでにワーキャットのシンボルであるお尻の猫しっぽを、右に左にと振り回しながらで。

 

 寝ている間に猫に変身する場合がよくあるので、朋子はベッドの中では、いつも裸でいた。だから痴漢と覗き魔防止のため、ドアにも窓にも、しっかりと鍵をかけていたはずである。

 

 それなのに夢遊病ともなると、寝たまま自分で鍵を開けてしまうのだろうか。

 

 もちろん本当の理由は、幽霊の涼子が朋子に取り憑き、勝手に体を使われた出来事にあった。だけど朋子自身の記憶には、まったく残っていないのだ。

 

 まあ、当然であろう。

 

 さらに涼子の無責任な性格も災い。涼子が体から抜け出たとたん、朋子は放置も同然の扱いを受けたのだ。しかも無意識で勝手に、朋子自身が現場から離れた要因もあるようだが、これらの行動もすべて、記憶には残っていなかった。

 

 この間にどうやら、猫から人間への還元が行なわれたようである。

 

 朋子自身は、いつも見ている夢のような感じでいて。

 

 経緯はともかくとして、早朝の公園は小鳥たちのさえずりが、やかましいほどに鳴り響いていた。これではまもなく、朝の散歩を楽しむ人たちで、公園はにぎわいを始めることとなるだろう。

 

「ど、どにゃんしよ……いくら店が近くにゃんでもぉ……裸んまんまで、どげんして帰ったらよかにゃんねぇ?」

 

 人目から逃れるため、朋子は慌てて、樹木の中に身を隠した。

 

 そこまではけっこう。

 

 問題は、朋子は頭がすっかり、動転しきっている状況にあった。そのため再度猫に変身すれば、何食わぬ顔で未来亭に帰れることに気がつくまで、朋子はかなりの時間を無駄に浪費する結果となった。


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