前のページへ     トップに戻る     次のページへ


『剣遊記V』

第六章 これにて一件落着。

     (12)

 美奈子は、ただ呆然としていた。弟子の千秋も、先ほどから一回も口を挟めない有様。ところがもうひとりの弟子である千夏はといえば、周りの状況など関係なし。ゴブリン族たちとの楽しい会話に夢中となっていた。

 

 もしかすると千夏の本能が、エルフとの会話に危険を感じ取ったのだろうか。

 

早い話が、逃げたわけ。

 

しかも千夏は――どこで習ったかは姉である千秋も知らないとの話だが――ゴブリン族の言葉を、どうやら身に付けているようなのだ。するとそのうち、ゴブリン族のリーダー格と思われる男が、千夏にそっと耳打ちで、なにかをささやきかけてきた。

 

「はぁい♡ なんですかぁ?」

 

「千夏、そのゴブリンはん、なんか言いよるんかいな?」

 

 吟遊詩人の舌禍から逃れたい一心で、まずは千秋が千夏に尋ねた。

 

「おや? なんの話どすか?」

 

 無論美奈子も、同一の思いでいた。本心はともかく、改めて師匠から尋ねられ、千夏が無限に明るい笑顔になって答えた。

 

「はいですうぅぅぅ♡ ゴブリンさんのぉ皆さんがぁ、きょうのお礼にぃ、美奈子ちゃんとぉ千秋ちゃんとぉ千夏ちゃんをぉ、ゴブリン族さんたちのぉ村にぃ、ご招待したいそうなんですうぅぅぅ♡ 良かったらぁ、村に伝わるぅお宝さんもぉ、見せてくれるそうなんですうぅぅぅ♡」

 

「お宝でおますんか!」

 

 実を言えば、この世で最も美奈子の執着する単語――『お宝』(これが理由で以前、孝治が銀の産地まで無断で出かけたことに、非常に立腹していたのだ☠)。それが千夏の口から出たとたんだった。美奈子は舌禍のせいで半分眠りかかっていたおのれの意識が、一気に覚醒する思いがした。

 

「師匠! もしかしたら大金を稼ぐチャンスかもしれへんで!」

 

 ここはさすがに関西人。千秋も早速大乗り気で、師匠の美奈子を急き立てた。

 

もちろん言われるまでもなし。美奈子は千夏に掴みかからんばかりの勢いで、話の進行を促せた。

 

「千夏! よ、よろしかったらそのお宝について、もっと詳しゅう訊いてくれまへんか! 金でも銀でも、この際銅でもなんでもええさかいに!」

 

「はいですうぅぅぅ♡」

 

 言われたとおり、千夏がゴブリン族たちに、美奈子の問いを彼らの言葉に訳してあげた。すると全員が、一斉にうなずきを返してくれた。

 

「美奈子ちゃぁぁぁん、村のぉお宝さんにぃ、なんでもあるそうなんですうぅぅぅ♡ 金さんもぉ、銀さんもぉ、銅さんもぉ、ダイヤモンドさんもぉ、あるそうなんですうぅぅぅ♡」

 

 これにて美奈子は大満足。

 

「それで充分でおます! あとは現地まで行って、宝をもらえるよう、うちが交渉しますさかいに

 

 この時点において、三人(美奈子、千秋、千夏)の次の目標が決定した。まあ、交渉しだいでは、もしかして多少乱暴な手段に転じる可能性もあるのだけれど。

 

(ゴブリンはんたちの命を助けてやったんやさかい、これくらいの報酬は当然でっせ✌)

 

 そんな本音などカケラも口から出さず、美奈子は千夏に笑顔を向けた。

 

「それではゴブリンの皆はんには、ここでちょいと待ってもらうよう言ってくれまへんか✋ すぐに未来亭に帰って、旅支度をせなあきまへんさかい⛴ 千秋と千夏も手伝ってや♡♡」

 

「はい、わっかりましたですうぅぅぅ♡」

 

「はいな! 師匠!」

 

 双子の姉妹が、そろって元気の良い返事を美奈子に戻した。するとここで、しばし蚊帳の外に置かれていたエルフが、お節介にも口を入れてきた。

 

「なるほどぉ、お話をおうかがいしましたところ、あなた方はここにおられるゴブリン族の方々とごいっしょに、南へ向かわれるわけでおますんやな♪ かく言う私も実を申しまして、これから西の帝都、京都市へ向かう旅の途中なのでございまするが、これから南の別府港より船に乗っての瀬戸内海航路になりますよって、それまで途中のご同行に混ぜてもらいたいしだいでございまんなぁ♫ もしよろしいのであれば、私もゴブリンの方々とごいっしょに、この場にてお待ちいたしておりまするが、いかがなものでございましょうや?」

 

「えっ? ええ……それくらいどしたらよろしゅうおまっせ♠」

 

 美奈子は吟遊詩人の申し出を、軽い気持ちで承諾した。

 

(まあ、ちょっとした退屈しのぎくらいにはなりますやろ♥ もし悪モンやったら、そのときは魔術で吹っ飛ばせば済むことやさかい☠)

 

 もちろん美奈子が、このあとで大きな後悔をしたことは、今さら言うまでもないだろう。すでに舌禍の一部を味わっておきながら、美奈子たちの認識は、まだまだ大甘なものだったのだ。

 

 それはさておき、旅の準備と冒険申請を提出するため、美奈子と千秋たちは、未来亭にまず戻ろうとした。だがその前に、美奈子はエルフの吟遊詩人に、ひと言だけ尋ねるべき質問があった。

 

「そう言えば……まだおまいさんのお名前を聞いておりまへんどしたが……あ、そうそう、うちから先に申しますえ☀ うちはあなたがおっしゃられるとおりの魔術師どして、名前を天籟寺美奈子と申します☆ そして、ここにおわすのがうちの弟子でおまして……☞」

 

 美奈子の紹介で、改めて双子の姉妹が、エルフの前に出た。

 

「千秋や! よろしゅう頼むで♐」

 

「はっあーーい♡ 千夏ちゃんどえーーっすうぅぅぅ♡」

 

 切れ長のきつい目線で、吟遊詩人をにらみつける千秋。対照的に、この世のすべての事象を圧倒するであろう。元気溌剌、天真爛漫の権化たる千夏。こんなふたりから妙ちくりんな挨拶をされても、吟遊詩人の余裕に満ちた笑みは、微動だにしなかった。

 

「はははははっ♡ なかなかに明るいお嬢様おふたりでございまんなぁ♡ おっと、それでは私めも自己紹介をさせていただきますと、私の名前は二島康幸と申しまして、自らは『さすらいのエルフ✌✌』などと、おこがましくも自称をさせていただいております、見てくれのとおりのしがない吟遊詩人の端くれでおますんや♪ このような私がなぜ、エルフの里を出奔して、吟遊詩人の道を生涯の職業に選んだかと申しますれば、あれは雪がそぼ降る、とても寒い寒い夜のことでございました……☆」

 

「…………☠」

 

 再び開始されたエルフの吟遊詩人――二島の長広舌。これにて席を発つ機会を失った美奈子と千秋は、なかなか未来亭に戻れず、大いに無駄な時間を潰す結果となってしまった。

 

「ふぅ〜〜ん☛ かわいそうなお話さんですうぅぅぅ☎」

 

 千夏だけは、なぜか真剣に(無邪気に)聞いてあげていたけど。


前のページへ     トップに戻る     次のページへ


(C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system