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『剣遊記V』

第六章 これにて一件落着。

     (11)

「この街道をまっすぐ南に行きなはれば、あなたたちが住んではる大分の祖母山に繋がっておりますさかい♡ 途中で野蛮なお人に遭わんよう、あんじょう気ぃつけはるんやで♥」

 

 怪盗団に拉致{らち}されていた、ゴブリン族の救出を成し遂げた美奈子。この天才魔術師は、弟子である千秋と千夏の双子姉妹と共に彼らを引き連れ、市の郊外にある高台に来ていた。その理由は一般市民の間では、まだまだゴブリン族に対する偏見が、根強い状況にあるからだ。そのため新たな迫害から彼らを守るのに、人目を避ける必要性を感じたからである。

 

 だがこれは、まったく情けない話とも言えるだろう。なぜなら人間自体の進歩が、まったく感じられない話なのだから。

 

 そのような自分たちの境遇を理解しているらしい。出発の間際になって、美奈子と双子姉妹へのお礼なのだろうか。頭を下げる仕草を行なうゴブリンたちの表情も、どこか怯えている様子でいた。

 

(言語の違いは大きゅうおまんのやけど、基本的なことは共通しまんのやわぁ♡ それを無視してすぐ差別したがる人間こそ、大きな問題ありでおますなぁ✐✒)

 

 美奈子はゴブリンたちの健気な姿を改めて拝見し、差別好きな輩たちへの怒りを、静かに胸の中へと刻み込んでいた。

 

 そんなところに突然、気障ったらしい声が耳に入った。

 

「ほう、この方たちはゴブリン族のようでおますなぁ☆ それがこのような場所でお会いできますとは、これはこれでほんまに珍しいことでんがな♡」

 

「えっ?」

 

 驚いた美奈子は、うしろに振り返った。そこにはいつの間にやら、竪琴を胸にかかえた男が立っていた。

 

 ここは南九州に通じる、街道の出発点である。だからこの手のような人物と遭遇することは、そんなに珍しい話ではないだろう。

 

 ただ特筆すべきは、彼の両耳の形状が細長く、先端がとがっている様子にあった。

 

 これはつまり、男がエルフだという証明であるのだ。

 

 さらに一見した身なりからして、エルフの素情も職業も、一目瞭然といえた。しかし一応礼儀として、美奈子は丁寧を装ったつもりで言葉を返した。

 

「……どうやら旅の途中のお方のようでおますなぁ☀ しかもそのお言葉、うちらと同じ京都でおますんでっか? それに吟遊詩人をなされておますようやし、もっとくだいて申せば、どうやらエルフの方とお見受けいたしまんのやけど……☁」

 

 エルフの吟遊詩人と美奈子から指摘された男が、ここでふっと、口元に笑みを浮かべた。

 

「まあ、仰せのとおりのエルフでおます♡ ただ私は確かに関西でおますんやけど、生まれは京都ではなく奈良でおまんのや☆ まあ、同じ関西人同士、ここはあんじょうよろしゅう行きましょうや♡」

 

「はあ、そうでっか☹☻」

 

 美奈子も無意識的ではあるが、口の端に笑みを浮かべていた。そのついで、弟子のふたりに美奈子は瞳を向けてみた。すると千秋は、明らかに警戒の目線。逆に千夏は興味しんしんの明るい笑顔で、エルフをまじまじと見つめていた。

 

 さらに美奈子は考えた。このエルフはゴブリン族を、『ほんまに珍しい☛』とかぬかしていた。しかしそれを言うなら、エルフはんのほうが、よっぽどけったいでっせ――と言えるほどの存在なのだ。

 

 なにしろせまい集落に閉じこもりがちなエルフの閉鎖性は、あらゆる種族の中でも、とにかくピカ一。それがこうして一般の街道ですれ違うだけでも、奇跡に近い出来事と言えるのだから。

 

 だが、今瞳の前にいるエルフが、実は予想以上にけったいな存在であったことを、美奈子はまもなく思い知る破目となるだろう。その理由はふっと笑みを漏らしたエルフが、なぜかいきなり意味もなく、自慢らしい竪琴を鳴らしだしたからだ。それから誰も頼んでいないのに、勝手に弾き語りまでも始めてくれた。

 

「この私の風采を御覧になりはれば、ほとんどのお方が正解をおっしゃってくれはります☞ ただ、そのように言いはるお嬢様もその服装からうかがう限りでは、魔術師を生業とされてはるようでおますなぁ☆ 古来より魔術を司{つかさど}る方々は、いったいどこのどなたはんが決めはったものやらは判然としないのでございまするが、とにかく黒を基調とされはる服装を着られることが多いようでんなぁ☛ まあ、かく言う私もエルフの出身でありながら、全国を放浪して長い年月が経っておまんのやけど、きょうに至るまで例外とでも申すべき他の色の魔術師の方にお目にかかった経験は、ただの一度もおまへんでしたので、昔からの習慣というものはなかなかに根強いもんやと、身に沁みて実感をさせてもらうしだいでございますわぁ✍ しかし我が身を振り返って考えみれば、かく言う私自身、吟遊詩人を生業とさせていただいておるのであり、この竪琴を見られるだけで、即座にどなた様からも、職業が吟遊詩人であるとの指摘をされるわけでございますから、これはこれで特にうしろ指を差されるようなわけでもないのでおますから、これも別に胸に留めておく必要もあらしまへんと申せば、特に気に懸けることもないのでございまするが……」

 

「は、はぁ……そうでおますか……☁」

 

(い、いったい、なんでおますんやろっか? このけったいなエルフはんは……☁)

 

 初めは気楽に、聞き流すつもりだった。ところがいったんしゃべり始めたとたん、口が止まらなくなったエルフの吟遊詩人を前にして、美奈子は驚きで瞳が丸くなる思いがした。

 

 とにかくエルフの口は、まるで暴走馬車のよう。止まる気配が、まるでなし。だけどしゃべっている当の本人に、悪気はまったくないようだ。


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