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『剣遊記V』

第六章 これにて一件落着。

     (1)

「……ん? ここはどこや?」

 

 隠し通路(のつもり)を必死で逃走。ようやく出口までたどり着き、重い石蓋を押し上げて地上へ出たものの、亀打保は場所の把握を、きちんとしていなかったりする。

 

 きょうのような緊急事態に備え、地下水道周辺に独自の逃走経路を、亀打保一味は張り巡らせていた。しかし計画性がけっこういい加減で、行き当たりばったりな造り方が、今となって災いしたようだ。

 

「まあ、どこでもよかばい♡ とにかく逃げられたみたいやけ☺」

 

 このときの亀打保の気分は、ほとんど投げヤリ的。それでも周囲をキョロキョロしながら、よっこらしょっと地上に身を乗り出した。それから重い石蓋で、出てきた穴をふさいでしまう――とはいっても、人がひとりで持ち上げられる程度の重量である。蓋を閉めたところで、大した時間稼ぎにもならないだろう。それでも一応、逃亡者としての流儀(?)を果たしておく。

 

 さらにふと気がつけば、地上は現在、夜明け前のご様子。そのため景色は、東の空がほんのりと明るくなっていた。だが自分自身は、暗い地下での行動に慣れている身。亀打保にとって、少々まぶしい感じがした。

 

 それよりも今は、一刻も早い逃亡が先決。そんな亀打保の目の前に、木造二階建ての建造物がそびえていた。

 

「ん? なんか書いとるばい……☛」

 

 亀打保が入り口と思われるドアの近くまで寄ると、次のような看板が掲げられていた。

 

 『女子寮につき男子禁制⛔』

 

「女子寮やとぉ?」

 

 どうして自分たちが寄りにも寄って、このような場所に逃げ道の出口をこしらえたのであろうか。今となっては定かではなかった。だけども女子寮ともなれば、建物の中にいる者たちは、全員か弱い女性ばかりであろう。そうなれば当然の展開。話は次の思考へと飛躍する。

 

「ここにおる女ば人質に取ろうかね……☠」

 

 しかしつぶやいてはみたものの、亀打保はすぐに頭を横にブルブルと振った。自分が思いついた企てを、自分自身で打ち消しにするために。

 

「やめとこ……これ以上の面倒はゴメンやけね☇」

 

 亀打保の自嘲どおり、今さら人質を確保したところで、逃走の際の足手まといが関の山。それよりもいっそ、我が身ひとつだけで逃亡したほうが、よほど身軽で憂いがない。

 

 亀打保がそのような、前向きな逃走を考えていた矢先であった。閉じていた石蓋が突然シュッポォーーンッと、勢いよく跳ね上げられた。さらに地下から狼――正男を一番手として、衛兵たちがわらわらと湧いて出た。

 

 その中のひとり――砂津が大声を上げた。

 

「ああっ! おったばぁーーい!」

 

「ほげえっ! もう来やがったぁ!」

 

 いずれは追い着いてくるものと、頭ではわかっていた。ところが予想よりもずっと早かった話の展開で、亀打保はたちまち動転の極み。こうなれば、先ほどまでの平和的かつ人道的思考(?)など撤回。亀打保は脇目も振らず、女子寮の中へ飛び込もうとした。

 

 もはや他に駆け込む場所もなし。足手まとい覚悟の人質奪取と確保しか、亀打保には逃げる道がない。

 

「うおおーーん!」

 

 そこへ灰色狼の正男が飛びかかる。しかし亀打保は、けっこう素早い動作で身をかわし、そのまま一気に、女子寮の入り口へ突入。自分の実年齢(四十二歳)など、とっくに忘れたかのように。

 

 このときようやく、孝治も地下から地上に顔を出した。それからすぐに、つい大声を張り上げた。

 

「うわっち! こ、ここってぇ!」

 

「なんだ? おまえはこの場所を知っとるのか?」

 

 先に地上へ出ていた大門が、少々困惑気味の顔で孝治に尋ねた。

 

「知っとうもなんも……☆」

 

 しかし尋ねられた孝治にとって、ここは単に『知っちょる☆★』以上の現場であった。

 

「ここって、未来亭の中庭なんですよ!」


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