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『剣遊記V』

第五章 地下迷宮の捕り物帳。

     (26)

「き、貴様ぁっ!」

 

 さすがの大門も、この突然の事態に仰天のご様子。すぐに鞘から刀を引き抜いた。

 

「貴様はおとなしゅうしとったのではなかったのかぁ!」

 

 そんな大門に、亀打保が憤怒に燃えた目を向けた。

 

「しゃあしぃっち言いよろうがぁ! くっそぉーーっ! 変なやつのおかげで体が固まっちまったとやけど、やっと動けるようになったけねぇ!」

 

 それから亀打保が両手両足をグルグルと回し、硬直していたと思われる全身の筋肉をほぐすらしいための体操を、勝手に孝治たちの前で始めてくれた。

 

 どうやら亀打保は『金縛り』となった直後から(その辺の事情は、孝治たちは知らない😪)、健在だった意識の力を総動員。術の束縛から逃れるべく、必死に外見からはわからない戦いを続けていたらしい。

 

 その努力が今、こうして結実したわけである。

 

「がううううるるるるっ!」

 

 予想もできなかった怪盗団親分の復活に、狼――正男が唸りを上げて飛びかかった。だが亀打保の左手には、鋭利な短剣が握られていた。

 

 ここでふつうの狼ならば、(🐺ではあるが)猪突猛進の場面であろう。だけどあいにく、ワーウルフだと、そうはいかない。相手の凶器に気づいたと思われる時点でひらりと身をかわし、亀打保の頭上を飛び越えて背後に着地した。

 

「ええい! 往生際の悪いやつがぁ!」

 

 愛刀『虎徹』を光らせる大門が、短剣を構える亀打保と、再び火花バチバチの対峙合戦。すでに子分どもは全員お縄となり、今や亀打保ひとり対衛兵隊と孝治、秀正、正男連合軍の構図となっていた。

 

 だけど怪盗団親分の悪あがきは、筋金入りのものだった。

 

「しゃ、しゃあしぃーーっちゃよぉ! オレはどこまでも逃げてやるけねぇ!」

 

「見苦しいの、ひと言っちゃね☠」

 

 孝治の今のつぶやきは、もはや大門・亀打保両者の耳に、入っていないようだった。ひたすら互いに意味のない虚勢を張って、火花とともににらみ合うのみ。もっとも我が身の優勢を心得てか、先に言葉をかけたほうは、大門の側であった。こちらのほうが、気が短かったといえるのかも。

 

「貴様の往生際の悪さには、もうウンザリだわい☠ 引導はわしが渡してくれるわ!」

 

 孝治はこそっと、秀正にささやいた。

 

「相変わらず、ひとり時代劇ばやりようっちゃねぇ♠」

 

「そうやね♐」

 

 秀正のほうが、うんざり顔でいた。もちろん今の会話が聞こえるはずもなく、大門の大袈裟気味な口上は続いた。

 

「ここでひとつ、どうだ☀ 子分ども全員がお縄となっていながら、親玉ひとりで無様な悪あがきを続けても仕方なかろう★ ここはいさぎよく降伏せい!」

 

 ここで降参をすれば、『罪一等を減ず』――なんち言わんところが隊長らしかっちゃねぇ――と、孝治は思った。しかし、わずかな間だけだが、亀打保が首をひねって考える素振りを見せていた。それからおもむろに、口を開いたりする。

 

「……そうやねぇ……子分もこげんなってしもうたし……☁」

 

「そうか! お縄につくか!」

 

 亀打保のやや前向きな返答で、大門が両方の目を輝かせた。ここが北九州市衛兵隊長に任命をされて以来、初めてのお手柄――となるかどうかの瀬戸際であろう。ところが大方の期待をあっさり裏切って、亀打保が回れ右をブチかましてくれた。

 

「やっぱ逃げるっちゃあ!」

 

「な、なんだとぉーーっ!」

 

 これまた想定外の展開で、大門の両目から一気に輝きが消え失せた。その代わりなのだろう。続けて真っ赤に充血していた。それも急激すぎる感じで。

 

「あばよっ!」

 

 とにかく往生際の悪い亀打保が、そのまま背後の壁に全身で体当たり。とたんにその部分が、くるりと回転。怪盗団はこんな所にまで、秘密の隠し通路を用意していたのだ。

 

「あっ! こ、こらあ! 待たんかぁーーっ!」

 

 栄光への一歩手前から一気に暗転。奈落の底に落とされたであろう大門の衝撃度は、端から見てもわかるほど。まさに猛烈もの。しかもプライドに思いっきり泥を塗られた怒りも加算され、もはや尋常ではない――地下道全体に反響しまくりの大絶叫を張り上げた。

 

「お、お、お、お、追えーーっ! 地獄の底までもやつを逃がすなあーーっ!」

 

 ちなみに一度公開した以上、隠し通路がふつうの道となる話の過程は、すでに何度も実証済み。衛兵たちが『もうええ加減にしてほしかばい☠』の文字を顔に浮かべながら、狼――正男を先頭に立て、一番に飛び込んだ隊長のあとに続いた。

 

 孝治と秀正も怪盗団親分の悪態に、なかば呆れていた。しかし、話の展開がここまで到れば、とことんまで付き合わなければならないだろう。だからふたりそろって、衛兵隊に続いて隠し通路に突入。そのついで、孝治は秀正だけに聞こえるよう、今や恒例の愚痴を繰り返した。

 

「ちぇっ! やっとこれで終わりっち思うたっちゅうのに、いったいいつまで、おれたちば走らせるつもりなんやろうねぇ☠」

 

「亀打保に訊けよ☞」

 

 秀正の返事は明快だった。


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