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『剣遊記V』

第六章 これにて一件落着。

     (2)

 追い詰められた亀打保に、人質を選択する余裕などなかった。だから入り口から一番近くにある部屋のドアを、なんの考えもなしで強引に押し開く話の流れとなった。

 

 幸いと称しては不謹慎だが、ここは女子寮である。従って、間違えてごついヤローを人質にしてしまう危険性は、極めて皆無であろう。

 

 押し入った部屋は個室であり、人質として理想的な女の子がひとり。ベッドで静かに眠りについていた。

 

 亀打保はもはや、躊躇{ちゅうちょ}もなにもなし。短剣を振りかざして、寝ている女の子を揺り起こした。

 

「起きんか! 静かにせんと、ノドばカッ切るけね!」

 

 もともと静かに寝ていたのだ。だからわざわざ強調しなくても、よさそうなもの。だけれどこれも、一応立てこもり犯の責務(?)である。

 

「……え……なんばしよっとぉ……?」

 

 初めは寝ぼけ眼{まなこ}の女の子であった。だが、窓のカーテンから差し込むわずかな朝日の光に、どうやら反射をしたらしい。薄明かりの中で怪しく光る短剣が、その瞳に入ったようである。女の子は全然静かにしてくれなかった。

 

「きゃああああああああああああああああああああああっ!」

 

 未来亭女子寮はおろか、隣り近所にまで響き渡るほどの金切り声を、女の子が上げた。

 

「な、なんじゃあ! この娘はぁ!」

 

 亀打保も自分が短剣を持っていなければ、恐らくは両手で耳をふさぎたかったに違いない。


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