『剣遊記11』 第六章 小太郎、故郷へ帰る。 (5) 「ほらぁ、早よ行けっちゅうの!」
小太郎さえ仲間の元へ返せば、自分たちはグリフォンの包囲網から解放される。そのように考えて――いや、もはや願望にも近い思い。幼グリフォン――小太郎が空へと舞い上がるよう、孝治や折尾を始め密猟団の面々は、一生懸命にけしかけていた。しかし小太郎は、一向に空へ飛び立とうとはしなかった。
クゥゥゥゥゥゥンン
それどころか、完全に心を許している折尾の体へ、自分のくちばしをすりすりと寄せるばかり。
「いろいろ考えてた中で、一番最悪の結果になっちまったか……☠」
折尾が心底から後悔しているような口調で舌を打った。
「本当なら、このときに小太郎に目隠しをして、自分たちの身を隠してから野に帰すつもりだった☂ そうしないと自分たちの姿が見えたら、こいつはいつまで経っても人についてくるからなぁ……☁」
孝治の聞いた話では、人に捕まって以来、無慈悲な虐待を受けてすっかり弱っていた幼グリフォンを、必死の介護でここまで立派に成長させた者は、当の折尾なのだ。だから目に入れても痛くない愛しさは、本当に我が子に匹敵するだろうと、誇張気味でなくつぶやいていたときもあった――と言う。
ちなみに折尾は独身。
それでも野生に戻す結末は、言わば宿命なのだ。
そんな身を斬る思いではるばる福井県まで来たというのに、その苦労が無になろうとしていた。
「だから、わたしたちにも絶対に見せないようにしていたのね☹」
折尾の言葉に胸を打たれたのだろうか。沙織が重々しく、頭をうなずかせていた。このあと密猟団の一行を、ギラリとにらみつけたりもする。
「それなのにあんたらのせいで、全部ぶち壊しってわけじゃない! あんたらこの責任、どう取ってくれんのよぉ♨」
まさに現役の女子大生とは思えない。派手な啖呵を大の男どもに叩きつけてくれた。
「そ、そういけぇ声でようけ言われましてもぉ……♋」
親分ともあろう者が、今やすっかり、弱きになっているようだ。啖呵を切られた煎身沙のほうも、完全困り顔の有様でいた。
「……ほ、ほんなことゆ〜なまぁ〜と、とにかくわけなしなこと言わんで生きて帰れんことには……オレたちも責任取れんしぃ☁ は、早ようこの状況、なんとかしねっしぃ☂☃」
騒動のタネは自分たちが撒いたくせして、今や完ぺき無為無策を決め込んでいた。
「ほんなこつとにかく、ここは小太郎が仲間ん元に戻らん限り、俺たちに逃れるすべはなか……っちゅうとこやな☢ やけん、ここは可哀想なんやが、ひとつぅ……✄」
「ひとつ? どうするんだ?」
ここで長槍を構えだす帆柱に、折尾がどこか不安そうなヒョウの眼を向けた。するとケンタウロスの戦士は、ノールの友人から、わざとらしく目をそらした。それから重苦しそうな表情を浮かべて言った。
「……かわいそうっちゃが、ここはひとつ脅かしてでも、仲間に返すしかなかばい☁ こんな子供ばいじめるんは、俺の流儀に大いに反することなんやが……☃」
「それも……仕方ないっちゃろうか……☂」
そばで聞いている孝治の心の内も、こりゃ過激な方法やなかね――と心配していた。しかし多少の納得も、またひとつの事実であった。
それからやはり、孝治と同じ心境なのであろう。
「……小太郎は人を嫌いになったほうがいい☹ そのほうが小太郎のためだ……✄」
折尾が帆柱にうなずきを返していた。
このあと野獣保護管理官は自分に甘える幼グリフォンを見つめ(何度も記すがヒョウの眼)、静かな口調でささやいた。
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