『剣遊記11』 第六章 小太郎、故郷へ帰る。 (4) いきなり噂の本人の声が聞こえたかと思ったら、浩子と孝治たちの真後ろに、当の泰子が立っていた。体に先ほどからの毛布を拾って再びまとっただけの姿でいるが、それでも威風堂々の構えをしていた。
実際風と人体の繰り返しで、服を着る暇が本当に無いようだ。毛布の下には恐らく――初めっからでもあるが、なにも身に付けてはいないだろう。そんな想像をするだけで、孝治の鼻から、またもや赤い血が流れ出す破目となった。
「うわっち……うぷっ!」
「泰子さん、ほんなこつ心配したとよ☁ 今までどこ行っとったと?」
元男である女戦士の鼻血はほったらかし。友美が泰子の正面まで駆けつけた。
『あたしかて知りたかぁ✍ まさか本気で逃げちゃったっち思うたとやからぁ☠』
姿は見えないし、声も聞こえない恒例のパターンであるが、それを承知している涼子も、たぶん野次馬気分で寄っていた。
このとき折尾や密猟団の面々たちは、離れた場所にて後始末の相談中。また帆柱と沙織は、これまたドタバタの真っ最中。場那個と雨森のふたりが、それを見て笑っていた。だから自分の周りは女の子ばかり(この中には、もちろん孝治も含んでいるようだ。中身が男だと知っているくせに)。それで一応安心しているのだろう。泰子が落ち着いた調子の口調になって、姿を現わすまでの出来事を話してくれた。
「わたすはね……あいときうるだげて思いついただぁ☛ グリフォンのわらしの声さこい山全体にすったげ響かせたら、こい辺りのグリフォンさでらっと集められんじゃねえかってねぇ……✍ ほら、よく言うべぇ✎ グリフォンは仲間同士の絆が、なもかもねえくれえ強ええ動物だっでぇ✌」
「そうけぇ✍ やきー、ここに子供のグリフォンがおったけ、あげんたくさん集まったかて、おれたちば襲ってこんかったっちゃね✑ っちゅうことは、小太郎ばこっそり檻から出したんも、泰子さんの仕業やったっちゅうことやね☞」
「そうなんだぁ☆」
孝治の指摘で、泰子がペロリと舌を出した。また孝治自身も泰子の説明のおかげで、大方の疑問が解消された気分になった。そのついででもないだろうが。友美がそっと、孝治の右耳にささやいた。
「そげん言うたらシルフって、どげな小さか声でも風に乗せて遠くまで伝えることができるんやて……ずっと前、泰子さん自身がそう言いよったっちゃよ☚」
「それでいきなり、グリフォンの大群が、ここに集まってきちゃったわけっちゃね★」
孝治は感慨深げな気持ちになって、友美に言葉を返した。
「と、言うことはっちゃね♡」
孝治はさらに高らか気分となって、自分の胸を堂々と張る仕草をしてみせた。鼻に今も、ちり紙を押し込んでいるままで。
「今回の最大の大手柄は、泰子さんちゃね♡ みんなの危機一髪ば、一気に挽回してくれたんやけねぇ☀」
確証はまったくなかったが、ここはシルフ――泰子を信じて良かったと思えるところが、孝治の胸を張れる理由。ただし本心の奥では半信半疑でもあったので、これ以上は触れないようにしておこう。
しかし――であった。
『危機一髪やったら……まだ終わってなかっち思うっちゃよ☠』
「うわっち!」
涼子のポツリとしたささやきで、孝治は現実に引き戻された。
「そ、そうやったっちゃねぇ……☠」
孝治たち一行はいまだに、グリフォンの大群から包囲をされているままなのだ。その数およそ、千頭近くに達しているのではなかろうか。
この恐るべき状況に、泰子がひと言。
「さてぇ……こんたら集めちゃったグリフォンの団体さん……どんたらして御解散してもらえばええだがねぇ?」
「おいおい……まあ、ええか☀」
思わず突っ込もうとしたすぐあとで、孝治は即行で舌を引っ込めた。自分も人のことが言えない心境になったものだから。 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |