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『剣遊記11』

第六章 小太郎、故郷へ帰る。

     (1)

「な、何頭おるっちゃ……♋」

 

 心底からたまげている状態は、孝治も同じ。震える口調で、左横にいる友美に尋ねてみた。

 

「りょ、両手、両足の指……全部使こうても数えられんみたい……☠」

 

 友美もやはり震えていた。

 

 とにかく、これほど恐ろしい――かつ絶体絶命的な光景に遭遇した経験など、若い孝治らにとって、まさに生まれて初めての出来事であった。たぶん残りの一生全部を捧げても、もう二度とお目見えする事態は起こり得ないだろう。

 

「お、親分……このひっでえことって、いってえどういうことなんざ?」

 

 密猟団の全員も、予想だにしなかった驚がく的展開に浮き足立っていた。だが親分の煎身沙も今は、冷素不の問いに答える機転も発想も、完ぺきに持ち合わせてはいなかった。

 

「オ、オレも知るねえよぉ……☁♋」

 

「こ、これはもしかしてね……今までおいらたちが密猟したことでの、グリフォンの復讐なんだしぃ……☠」

 

「し、信じられんけど……そうかもしれんねぇ……☠」

 

 すっかり怯えきっている槍藻ともうひとりのつぶやきに、折尾が親分に代わって応じていた。

 

「恐らく……そのとおりだろうなぁ☁」

 

 周囲を完全にグリフォンの大群から包囲をされると言う、前代未聞、超異常緊急事態の中である。ところが折尾のみ、客観的に見ても腹が立つような落ち着きぶりでいた。実際にヒョウの顔面では人間と違って、本心がなかなか掴みにくい感じであるが。これは孝治にとっても、よくわかるときとまったくわからない場合が、交互に訪れるようなモノだった。

 

 もっともその姿勢であれば、帆柱も同様。ケンタウロスの先輩も真の戦士らしく、グリフォンの大群を前にして、堂々と構えた体勢(両腕を胸元で組んでいる)を崩していなかった。

 

「俺もそげん思う♐ おまえらがこん山でどんだけ悪事ば重ねたかは知らんちゃが、きょうが年貢の納め時ってとこやろうな☢ グリフォンどもも、堪忍袋の緒が切れたっちゃろ☞ やけん血迷った真似ばもうやめにして、ここで観念するっちゃな☜」

 

 これに煎身沙が、がなり立てた。

 

「こ、こうなったらもうちゃがちゃがでぇ! ここでおめえらを血祭りにしてやるっしぃーーっ!」

 

 おまけにこの期に及んで、腰に装着していた中型の剣を抜き、さらに大きな声でわめく始末。そんな煎身沙に、折尾がヒョウの眼をカッと開いて怒鳴り返した。

 

「貴様っ! この非常事態になに考えてる!」

 

 しかし黒ヒゲの親分は、先ほどからのまま。頭に血が昇りすぎていた。

 

「お、おめえらをぶっ殺して、グリフォンのエサにするんざぁねぇ! そうすりゃオレたちが、その隙に逃げられるからのお!」

 

 などと叫んで、今度は剣の先を、孝治たちに向けて光らせた。

 

「ちっ、どうやらほんなこつ、血迷うたようっちゃね☠」

 

 帆柱はむしろウンザリ気味に、両手で持っている槍を、気持ち程度に構え直していた。いつでも来ちゃりの戦闘体勢は、すでに充分以上で出来上がり済みなのだ。それから、もうひと言。

 

「それからやけど、もうひとつ言うておくっちゃ✍ あんまし剣ば光らせんほうがええっちゃぞ✌ グリフォンは光るモンば好んで襲うらしいけな☝」

 

「やっとおれも出番ちゃね♥」

 

 孝治もここで、嬉々とした気持ち。腰のベルトから、愛用の剣を抜いた。ただし帆柱先輩の言うとおり、なるべく剣を太陽に当てないようにして構えながらで。

 

「今回はもう、なんもなくて平穏に、て言うか、やや失敗気味で終わるかっち思いよったんやけどね♥」

 

 もしかしておれって、先輩よりもほんなこつ嬉々としてんやなかろっか――と、孝治自身で思えるほどの高揚とした気分であった。

 

「それじゃ頑張って♡」

 

 孝治の邪魔にはならないよう、友美は後方に下がって、魔術の構えを始めていた。

 

『あたしはここで見よっと♡』

 

 こちらはいくら巻き込まれても平気なので、涼子はそのまま。孝治の右横に密着していた。これは本当に迷惑にもなんにもならないので、孝治もあえて黙認してやった。

 

「ほやぁ、野郎どもぉ! こいつらここでバラバラちゃがちゃがにようけしてやれやぁーーっ!」

 

「おう!」

 

 煎身沙も子分どもも、すでに殺{や}る気満々のご様子。それぞれに剣や斧、槍の類を手に取って、帆柱・孝治組と対峙してくれた。

 

 ただここで、少々苦言を申せば、彼らにはもう少し武器の手入れを徹底していただきたいところ。なにしろ連中の武装のほとんどが、なかば錆びついたり刃{やいば}が欠けていたりと、欠陥剥き出しのシロモノばかりであるのだから。

 

「これやったらもう、勝負は見えとうっちゃねぇ♡」

 

 この後の展開は孝治の予測どおり。見事に決まり過ぎていた。


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