『剣遊記11』 第五章 人質奪還作戦。 (15) 「あんざぁっ!」
美奈子の相手など、別にしなくても良いのかもしれない。だが当の煎身沙は、完全に頭に血が昇っていた。そのためか、正常なときなら気にもせずに聞き捨てるような他人のセリフでも、今は過剰に反応するようだ。
「こ、このべさぁ! オレたちにいけぇこざにくいこと言いやがってぇ! 仲間が人質なこと忘れてんざあ♨」
もちろん人質とは、美奈子の愛弟子である千夏のこと。しかし煎身沙が言っている脅しも、ただの馬鹿のひとつ覚えな感じがするシロモノである。美奈子は無論、この程度の戯言{ざれごと}など無視。冷徹なる姿勢を、これっぽっちも崩さないでいた。
「やってみなはったらどないどすえ?」
「へっ?」
黒いヒゲの密猟王が、目を点にした。これはそばで聞いている、孝治、友美、涼子も同じ。
「うわっち?」
「えっ?」
『どげんなっとうと?』
ここは三人そろって、瞳が見事な点の状態。
「美奈子さん……まさかっち思うっちゃけどぉ……千夏ちゃんば見捨てるつもりけぇ?」
「それこそ『まさか』っちゃねぇ☢ でも、千秋ちゃんまで黙っちょるんは、どげんことやろっか?☁」
もはやなにがなんだかまったくわからず、孝治と友美は、美奈子と煎身沙を交互に見比べるしかできなかった。ところが当の千夏は、これまたと言うか。やはり師匠以上に変わっていた。
「おまえ……しぇんしぇから見捨てられとうようざぁ?」
千夏のノド元に短刀を突きつけているワーブルの男が、むしろ憐れみを込めている感じでささやいた。しかしなんと申して良いのか。千夏はまったく、いつものヘラヘラ顔なのだ。
「そうみたいさんですうぅぅぅ☀ でもぉ千夏ちゃん、ちいっともぉ怖くないんですうぅぅぅ☀」
「おまえはわけなし(福井弁で『馬鹿』)か?」
どうやら半分ほど腹を立て、ワーブルが短刀を、千夏の右のほっぺたにペタペタしてやっても、やはり結果は同じ。それどころか千夏は、まるで太陽光線のような超明るい笑顔になって、上向きにやり返してもいた。
「えへへへぇ〜〜☀ だってぇ美奈子ちゃんもぉ千秋ちゃんもぉ、千夏ちゃんのことすっごくわかってますんですうぅぅぅ♡♡ だからぁ千夏ちゃん、ちいっともぉ怖くなんかないんですうぅぅぅ♡♡」
「あんざぁ?」
ワーブルの両目に、『?』がふたつ並んだ。その次の瞬間だった。
「うわあーーっ!」
その当人が、なぜだか短刀を地面に落していた。しかも両目を左手で抑えて、千夏からのけぞる状態にもなって。
「ど、どうしとぅんたぁ!」
仲間である密猟団のひとりが、慌ててワーブルの元まで駆けつけた。
「うげえ!」
なぜかそいつまでもが、同じ状況。両手で両目を抑え、地面に仰向けとなってもがく状態に陥った。
「な、なにぃ! こりゃ何事っしぃ!」
この突然なる異変には、さすがの煎身沙もビックリ仰天の状態。だが事態の悪化は、それ以上に進んでいた。
「おわあっ! 親分、あれを!」
「どひゃあーーっ!」
冷素不が驚きの右手で指を差し、さらに親分が絶叫を上げた先――キャラバン隊と密猟団の周辺を、いつの間にやら無数のグリフォンたちが、山岳に並んで取り囲んでいたのだ。 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |