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『剣遊記T』

第五章 国境突破は反則技で。

     (9)

 結果は『お見事っ!』の、ひと言に尽きた。

 

 美奈子の火炎弾連続攻撃をまともに喰らった巨大ムカデは、完全に木端微塵。地上から姿を消し去った。

 

 現場には硝煙が立ち込め、昆虫などを焼いたときに感じる、鼻を突くような異臭が周辺に広がっていた。

 

「ふ、ふつう……ここまでやるもんかねぇ……☠」

 

 孝治の周囲では、巨大ムカデの残骸が水面にプカプカと浮かびながら、今もそのひとつひとつが白い煙を上げて燻{くすぶ}っていた。だが、これほどの凄まじい破壊行為をしでかしたにも関わらず、問題の美奈子自身は早くも、ふだんの調子に戻っていた。

 

「妾{わらわ}たちに脅威を与える怪物は、これにて退治できましたさかい、これで安心して野宿ができるというものどすえ♡」

 

 しかもちゃっかりと、黒衣を着用済みの素早さでもあった。

 

「あ、あのねぇ……☠」

 

 あんたが怪物以上の脅威やけね――とは、さすがに声に出しては言えない。孝治は美奈子に底深い戦慄を感じながら、居並ぶ一同を見回した。

 

 もちろん全員無事だった。涼子とトラも含めて――である。

 

「さっ、ムカデんことはさっさと忘れて、早よ今夜の寝床を探そやないか☆ 泉の用も済んだことやさかい♡」

 

 千秋も師匠と同様。とっくに着衣済みとなっていた。

 

「そ、そうっちゃねぇ……でもズルかっちゃよ☠ 自分たちばっか、さっさと服ば着てからにぃ☠ おれは見てんとおり、まだすっぽんぽんなんやけね☠」

 

 美奈子と千秋のふたりとは対照的。まさに孝治だけは、いまだに情けない真っ裸のまんま。大事な二箇所(?)は、それぞれ右手と左手で隠しているけど。それでも寝床探し自体に、文句を言う気はなかった。実際に、ほとんど日が暮れかけている時刻でもあるし。

 

 だが、孝治の頭には野宿とは別に、大きな引っ掛かり(のような思い)が浮かび上がっていた。

 

(あの火炎弾の連発……それにスイカみたいな大きさっち……やっぱあんときの盗人にそっくりやったけど……まさかやねぇ……☁)

 

 そこまで考えて、孝治はブルッと頭を横に振った。

 

(いけん、いけん! やっぱ依頼人ば何べんも疑うなんち、雇われ護衛がいっちゃんやったらいけんことばい! 今は美奈子さんば、早よ鹿児島まで無事に送るほうが先決やけ!)

 

 ところが孝治自身、自分で相当に変だと思っている振る舞い(恒例である頭ブルブル)を、友美が鋭く瞳に入れたらしい。孝治のうしろからそっと、小さく声をかけてきた。

 

「孝治ぃ……なんひとりで首ば振りよっと? ちょっとおかしかよ☁」

 

 孝治はまた、頭を横に振った。

 

「い、いや、なんでんなか☢ ちょっと寒うなってきたもんやけ☃ まあ、大きい声じゃ言えんとやけど、美奈子さんのこと、また変な思いが復活したもんやけね♐」

 

「それやったらもう、言わんこつ決めたろうも⛔」

 

「そんとおりやね⛑」

 

 友美もやはりわかっていた。でも、その件はこれで一応終わって、友美が別方面から突っ込んできた。

 

「それはそうとして、寒うなって当たり前ばい☃ いつまで裸んまんまでおるつもりね☠」

 

「うわっち……って、おれかて自分で、たった今言うたばっかりやけどねぇ☻」

 

 続く友美の指摘も、やはり重々承知済み。それでも孝治はだんだんと、あせりの胸中になってきた。見ればこの場で真っ裸でいる者は、まさに孝治ひとりだけなのだ。涼子はカウントに含めないとしても。

 

「と、とにかく、わかっとうっちゃよ☠」

 

 孝治は口をとがらせて、友美にややきつめの口調で応えてやった。だけど、急いで服や鎧を着ようにも、それらは全部、今なお高めの木の上にぶら下がったまま。手元にある物は衣服の着用とは関係がない、一本の剣だけである。

 

「りょ、涼子ぉ……またポルターガイストば起こしっちゃてや☂ おれもう、バタバタし過ぎて、ジャンプして取るのもきついんやけ⚠」

 

 孝治は頭上にいる涼子を見上げ、両手のシワとシワを合わせて頼み込んだ。しかい涼子は、すっかりの呆れ顔。空中から孝治を、冷めた目線で見つめていた。

 

『あたし、もう知らんけね☹ 自分で勝手に取ったらよかろうもん☠』

 

「薄情もぉーーん!」

 

 もはや孝治の悲鳴にも知らんぷり。涼子が孝治に背中を向け、今回もとっくに先行している美奈子と千秋のあとを、浮遊飛行で追っていった。

 

 こうなると、まだ泉に残っている面々は、孝治と友美のふたりだけ。その友美が、なにか言いたそうな顔をしていた。

 

「な、なんね? おれん顔になんか付いとうとや?」

 

 すでに全面的ヤケクソ気分となっている孝治に、友美はなぜか、神妙な口振りでささやいてくれた。

 

「さっき、わたしが気後れして服ば脱がんかった理由ば教えちゃるわ☢ 孝治の裸ばまともに見るのって、これで二回目なんやけどぉ……どげんしてわたしよか、おっぱいがそげん大きかと?」

 

「うわっち……なんか、ゴメン☁」

 

 今の孝治に返せる言葉はなかった。


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