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『剣遊記T』

第五章 国境突破は反則技で。

     (8)

 大怪物を前にして、出鼻どころか戦意までも大いに削がれた孝治であった。だが孝治の戦意うんぬんなど、当の巨大ムカデには、なんの関係もない話であろう。黒光りをしている複眼の前で動く物体はすべて、ただの獲物でしかないはずだから。

 

 その怪物としての本能を見せつけるかのようだった。巨大ムカデが大アゴを全開! 孝治に向かって飛びかかってきた。

 

 シャギャアアアアアアアアッ!

 

「うわっち!」

 

 間一髪! 孝治は右にジャンプして、ムカデの一撃を、なんとかしてかわした。こうなれば身軽の極致である素っ裸が、今は大いに有り難い――とさえも言えた。

 

 もちろん初めの一撃をかわされたくらいで、巨大ムカデの獲物を狙う執念が、これでくじけるなど有り得なかった。それを証明するかのように、金属的光沢を放つふたつの複眼は、確実に孝治をにらみつけていた。さらに細長い体の両側には、それこそ百本でも済まないような数の節足が、うじゃうじゃと大量に蠢{うごめ}いてもいた。

 

「き、気色悪かぁ〜〜☠」

 

 孝治の背中をゾゾォ〜〜ッと、南極みたいな氷河が駆け降りた。

 

「ネーちゃん! もっとしっかり戦わんかぁーーい! 仮にも戦士やっとんのやろぉ!」

 

 孝治の背後から、千秋が無責任な叱咤――というか、野次を飛ばしてくれた。

 

「しゃあしぃーーっ!」

 

 孝治は反射的に怒鳴り返したが、瞳は巨大ムカデに向けたまま。剣を真正面に突き出し、一瞬たりとも隙を見せないようにした。

 

 だが、ムカデは孝治の剣の構えなど、これまた関係なしでいた。自分の複眼の前にいる裸の女性戦士を狙い、大アゴをクワッと大きく開いて、頭からザバババッと突進してきた。

 

「うわっち!」

 

 戦士の俊敏で、今度も孝治はかろうじて、ムカデの攻撃を右へとかわした。ムカデは勢いが止まらないまま、孝治の背後にある大岩に、頭をドカーンと激突させた。それと同時だった。初めて聞くような美奈子の迫力に満ちた大声が、突然周辺に響き渡った。

 

「孝治はん! そこを離れなはれ!」

 

「うわっち?」

 

 ムカデがまだ立ち直っていない状況を確認しながら、孝治は美奈子がいる方向に顔を向けた。

 

「うわっち!」

 

 孝治はまたもや仰天した。見れば孝治と同じで全裸のままでいる美奈子が、ある魔術の体勢を取り、泉の浅瀬のほうで堂々と身構えていたからだ。

 

 その魔術の体勢とは――あの朽網や女賊はもちろん、友美もときどき披露をしてくれる、『火炎弾』に他ならなかった。

 

「美奈子さんも協力してくれるとねぇ!」

 

 わかりきっている話の流れであるが、孝治は念押しのつもりで叫んだ。しかし美奈子は孝治の問いに、問答無用の波状攻撃で答えてくれた。

 

「はあっ! はあっ! はあっ!」

 

「うわっちぃーーっ!」

 

 見事極まる火炎弾の連続発射! しかも火の玉の大きさが、まさに特上のスイカ大。これで巻き込まれてはたまらない。孝治は超慌てとなって、まだもがいているムカデの近くから、バシャバシャと水面を走って逃げだした。


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